「津軽海峡・冬景色」など、多くの曲に登場する上野駅は、長いあいだ東京の玄関口だった。
もちろん東京駅もそうには違いないが、昭和39年の東海道新幹線の運行以降は玄関口というより、新幹線から関東の各地に乗り換えるハブという感が強い(なにせ昭和40年生まれなのでそれ以前の東京駅を知らないからなのだけど)。一方、当時の上野駅は在来線の特急や夜行列車が中心で「旅をする」感が強いし、なにより「北から来る、北へ帰る」ところがさまざまな人生ドラマを想起させる。到着したとき、あるいは出発するときの心情は上野駅と東京駅では大きく違うのではないのだろうか(これは半分妄想なのだが)。
その後、時代が過ぎ昭和57年に東北新幹線と上越新幹線が開通、平成4年には山形新幹線、平成9年には秋田・長野新幹線が開通して始発駅が東京になり、それとともに急速に長距離在来線の本数が減っていく。そうなると、上野=東京の玄関という感じはだんだんと薄らいでいき、「駅ナカ」のハシリとなった2005年の大規模リニューアルを経た現在、そんなふうに思う人はほとんどいないだろう。
東京の玄関口としての上野は昭和へのノスタルジーの中にしかないが、上野駅の周辺は昭和の記憶をまだまだ留めている。
上野駅まわりに色濃く残る昭和感についてはすでに会田くんも書いているが、ちょっと違う視点から見てみよう。上野駅の付近にはみなさんもご存じの通り、国立西洋美術館や東京国立博物館をはじめ美術館や博物館が数多くある。昨年、日本館がオープンするのに合わせ、展示内容も一新した国立科学博物館には、週末ともなるとかなりの人々が訪れている(先日僕も行ってみたが、全面リニューアルした常設展示はなかなかよい)。音楽関連では、昭和の名建築のひとつでもあるコンサートホールの東京文化会館も公園口を出た真正面にある。いずれも歴史を感じさせる大型建築の施設だ。公園を奥に進めば上野動物園や日本のフランス料理のはしりである上野精養軒もある。と、現在の東京を代表すると言えるかどうかは微妙なところだが、文化的施設はひととおり並んでいる。
これを家にたとえてみると、玄関を入ってすぐの広い応接室に、美術品やレコード、百科事典がドーンと並んでいるという、良くも悪くもなんとも昭和を感じさせる豪邸なわけだ。
ところで、じゃあいまの東京の玄関ってどこなのよって聞かれると、これまた答えにくい。先のとおり、東京駅は各種新幹線の出発駅だが玄関というよりハブだ。つくばエクスプレスができたので秋葉原が東京の玄関だ、という人もいるかもしれない。要はこの平成の時代、大きな門構えの玄関はなく、マンションやビルのように玄関口が分散化しているわけなのだ。で、個人的には僕自身が飛行機や新幹線で東京―大阪を行き来しているせいか、東京各地への交通の便のよさから、品川がこれからの東京の玄関としての色を強めていくように思える。
品川駅のまわりを見渡すと、駅に接したアトレやウィング高輪、前にも紹介した駅内のecuteには各地の名店総菜屋や高級食材屋、今風な小洒落たレストランなどが立ち並ぶ(前に書き損ねたがecute2階のwanofu.の鯛茶漬け弁当は一度はお試しあれ!)。駅から少し歩くと、昨今の再開発で高層ビルが建ち並び、付近には高級マンションも増えている。けど、文化施設と言えそうなものはほとんどない。区立の美術館もなくはないが、メディアアート全盛期はいくつかの企画展で注目を集めた隣駅の大崎にあるO美術館も最近は鳴かず飛ばずだ。
上野と同じく家にたとえてみると、応接室なんて旧世代のものはなく、家には重たいアートはあえて飾らず、そのかわりクールでモダンな家具を揃えたリビングでホームパーティを楽しみ(食材はケータリング)、職場は家から近く平日はバリバリに稼ぎまくるが、週末にはちょっと六本木あたりに出かけアートでも眺めてみるか、という高層マンションライフといったところか。
などと、嫌みっぽく平成品川アーバンライフ(笑)を想像して書いてはみたが、品川の大事なスポットを忘れていた。品川には原美術館があるじゃないか。
素晴らしい企画展の数々に、多くの読者も一度は訪れたことがあるに違いないこの名美術館は、品川付近の公共文化施設の低迷を一気に帳消しにしてくれる。昭和初期の邸宅をほぼそのまま使った展示空間も素敵だし、奈良美智、須田悦弘の永久設置のインスタレーションも空間にマッチしている。
展示空間だけでなく、やわらかな光が注ぐ広い中庭を活かしたカフェは、せっかちでアウトドアにはとんと興味のない僕でも、ずっと居たくなるくらいだ。展示を観に行くときは、ぜひ少し遅めのライチタイムを狙って訪れてもらいたい。
以前、写真家で評論家の港千尋が、ウィーンのMAK(応用美術博物館)の中庭のカフェを「世界で一番落ちつけて、もっとも原稿を書くのがはかどるカフェ」と言っていたが、原美術館のカフェもそれに匹敵する場所だ、と来るたびに思う。けど、心地良い日差しと何種類もあるお勧めワインのせいで、原稿を書く気だけはシャンパンの泡のように消えてしまうだろうが。
寄稿家プロフィール
ありま・すみひさ/1965年生まれ。エレクトロニクスやコンピュータを用いた音響表現を中心に、即興演奏からCD、サウンドインスタレーションまでジャンルを横断する活動を展開。同年生まれのアーティスト集団「昭和40年会」など美術家とのコラボも多数。国内外の展覧会への参加も多い。ジョン・ケージの『Europera 5』の日本初演など、最近は現代音楽の仕事が増えつつある。(Portrait: Matsukage Hiroyuki)
