都市を舞台に活躍する、パフォーマー、アーティスト、デザイナー、プロデューサーなどの表現者たち。彼らがいま抱く、表現活動への姿勢やスタイルに迫るインタビュー連載、今回はなんと! ミニマルミュージックの巨人であり、ジャンルの枠に収まらないリアルな「現代の音楽」をいまも紡ぎ続けるこの方です(インタビュ―は2008年5月来日公演時に収録)。
久しぶりの来日、とてもうれしいです。
僕のほうこそ、とてもうれしいよ。1997年の『ザ・ケイヴ』上演(Bunkamura シアターコクーン)以来だからね。
コンサートチケットは公演の3ヶ月前にほぼ売り切れました。特に若い観客が多かったですよね。
この反応にはとても驚いたし、また嬉しかったよ。観客の反応もファンタスティックだった。さらに、古くから知っている人たち、君もそうだけど、アンサンブル・モデルンの連中ともここ東京で仕事ができたことは、本当に大きな喜びだった。演奏家たちが楽しみ、かつリラックスして演奏できることはとても大切だし、今回は主催である東京オペラシティの計らいで、特にリハーサルにたっぷり時間をかけることができた。それがとてもいい結果を生んだと感じている。ホールの空間もとても気に入ったよ。少し神道の影響が垣間見えるような、とても日本的な空間だと感じた。リハーサル初日は、音響的に扱いが難しくてこれは大変だな、と思ったが、2日目も粘り強く音を作っていくと、見違えるように良くなった。
撮影:前田圭蔵
今回の来日は、東京オペラシティ主催の作曲コンクール『武満徹作曲賞』の審査員としてでもあったわけですが、これについてはいかがでしたか。
結果的にはとても面白かったよ。最初、対象がオーケストラ作品だと聞いたときには「それでは(審査は)引き受けられないな」と言ったんだ。そうではなく、自由なアンサンブルで、コンピューターなど電子機器の使用も可、という条件なら、と逆に提案した。19世紀までのオーケストラという形態は音楽のひとつの形としては認めているけど、21世紀に入ったいまとなっては、音楽のアクチュアリティはもっと幅広いものであると確信しているからね。ただし、いつの時代にもそのように考えない人たちがいることも事実だ。そしてこれは推測だけど、もしかしたらこの国(日本)の音楽教育は、いまだに保守的な意味で19世紀までの西洋音楽に偏ったものであるのかも知れない、とも感じたよ。アメリカにはこんなジョークがある。「アメリカで今後どうしたらクラシック音楽を救えるのか?」 答はこうだ。「東洋の女性が救うんだ」(笑) わかるかい?(編注:近年多くのクラシックの演奏が、アジア出身の女性演奏家に支えられている)
例えば、今回講義をした際に、おそらく音大生であろう青年がこう聞いてきた。「あなたは作曲する際にコンピューターを使用しますか」。僕は答えた。「もちろん使うこともあるよ」と。すると彼は言ったんだ。「(譜面は手書きすべきという口調で)紙と鉛筆の方がいいと思います」とね。もちろん学生にとって、楽譜を手書きすることは大切なプロセスだと思う。けれど、そうした方法しか認めない、という態度は考えものだろう? そうした、いわば前近代的な考え方に一石を投じる意味でも、今回の「コンポージアム2008」は意義があったと思いたいね。
日本では、そしておそらく世界的にも、あなたの音楽は90年代中盤から急速に若い世代の支持を受けはじめた気がします。
撮影:前田圭蔵
その通りだと思う。特にポピュラー音楽の人たちが僕の音楽に関心を向けてくれているという実感もあるし、それはとてもうれしいことだよ。インターネットのブログなどを見ると、例えば英国ではFallsというバンドが、いつも僕の音楽について語っている様子だし……。たまたま、いまロックンロール・ピースを作曲中で、ある人の紹介でレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドと、何回かeメールのやりとりをしたんだ。そして、いくつか作曲途中の音楽ファイルを彼に送った。ジョニーはもともとオックスフォードでビオラを学んでもいたんだよ。その後ギターも習得していまに至るわけだけど、彼は楽譜が読めるから、僕が送った音楽を彼なりに解読し、そしてバンドの連中と練り上げてくれたんだ。その後、バング・オン・ア・キャン(BANG ON A CAN)も加わって作業が続いているというわけだ。この仕事はマンチェスター・インターナショナル・フェスティバルの企画で、09年7月に初演予定だ。録音とその後のツアーは、ギター、ベース、ドラムス、ピアノを含む10人くらいのアンサンブルで、20分くらいの作品になると思う。もちろんサウンドトラックも併用するつもりだけどね。
あなたの作品は、その音楽的構造について語られることも多いと思いますが、忘れてはならない特徴として、ライヒ音楽のトーン(音質)、そしてテクスチュア(質感)という要素があると思うのです。
それは、いわゆる19世紀的なオーケストラ作品を書かないこととも関係しているね。
もちろんそう思います。いったいどのようにしてあのようにユニークな、各楽曲の質感が生まれるのでしょう。
(WARNER MUSIC JAPAN/発売中)
たいていは各パート(楽器)ごとに作っていき、その後それを組み合わせていくんだ。「ドラミング」を発表したとき、ある人にこう言われたのを覚えているよ。「これは新種のオーケストラ作品だね。もしくはガムラン音楽のようでもある」。その後73年に「マレット楽器、声およびオルガンのための音楽」を作った。ハーモニックムーブメントは少しだけだ。そして「18人の音楽家のための音楽」が生まれる。ここでも基本的な要素はあまり変わっていないと思う。そしてベースは使っていない。それは僕の音楽にある種の「軽さ」という特徴を与えている。とにかく重くはないんだ。「4台のオルガン」は例外だけどね。ほとんどの作品は、コードでいうと「G」や「C」より下のキーはほぼ存在していないし。とにかく自分の耳を信じて、ね……。「18人~」を作ったときに演奏家のひとりにはこう言われた。「スティーヴ! 君は初めてベースラインを書くことを学んだね」とね(笑)。
そして、もうひとつの特徴はその(ゆっくりとした)テンポ、ひとつのトーンが長く続く構造、そしてカウンターポイントにあると思う。これは僕が中世音楽、特にペロタンらによるポリフォニー音楽から学んだことでもある。「4台のオルガン」や「プロヴァーブ」もそうだ。ドローンとはまた違うんだけど、どこか非西洋的な響きもあるよね。スローモーション音楽とも言えるかもしれない。とても複雑な構造だけど、決して重くはない音楽。それは歴史的にはグレゴリオ聖歌の時代からバッハまで続いた、ひとつの連続したものだと思う。
あなたが「バッハは何かの始まりである前に、何かの終わりでもあった」と言うのは、そうした意味もあるのですね。
そう。そしてそれは20世紀の音楽についても言えることかもしれないね。
<後編に続く>
ゲストプロフィール
Steve Reich/作曲家。1936年ニューヨーク生まれ。ミニマルミュージックの先駆者として知られ、曲作りのコンセプトから演奏法まで常に実験精神を失わないその活動で、いまなお新たな音楽世界を生み出し続けている。『ディファレント・トレインズ』で90年のグラミー賞(ベスト・コンテンポラリー・コンポジション部門)を受賞。99年には『18人の音楽家のための音楽』で2度目のグラミーに輝いた。コールドカット、竹村延和、ケン・イシイらが参加した『ライヒ:リミックス』(99年)が発売されるなど、ジャンルを超えて音楽界に多大な影響を与えている。08年5月、「コンポージアム2008 スティーヴ・ライヒを迎えて」で来日した。
寄稿家プロフィール
まえだ・けいぞう/1964生まれ。多摩美術大学芸術学科卒業。在学中ポスターハリスカンパニー設立に参加、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊民社などの宣伝協力に携わる。ビックリハウス編集部などでのアルバイト経験後、世田谷区立世田谷美術館に学芸員として勤務し、その後カンバセーションに入社、プロデューサー兼クリエイティブ・ディレクターとして現在に至る。
