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Interview

014:瀬々敬久さん(『ヘヴンズ ストーリー』監督)&長谷川朝晴さん(『ヘヴンズ ストーリー』主演)【前編】
取材:福嶋真砂代/文:松丸亜希子
Date: October 04, 2010
瀬々敬久監督(左)とトモキ役の長谷川朝晴さん | REALTOKYO
瀬々敬久監督(左)とトモキ役の長谷川朝晴さん

企画から約5年、撮影に1年半をかけ、インディペンデントで制作された『ヘヴンズ ストーリー』が満を持して公開される。4時間38分という長尺の中に何が込められているのか。瀬々敬久監督と、20人以上の登場人物の中で主軸を成すひとりトモキを演じた長谷川朝晴さんに会い、2010年の日本映画界に一石を投じる問題作の舞台裏に迫った。

 

今回あえてインディペンデントで制作したのはなぜですか。

 

瀬々:この題材で大手企業が入って作るのは難しいということもあり、自主映画的な体制で撮ろうと。何年も映画監督をやってきて、行き詰まりや焦りも感じる中で、もう一回原点に戻ってやってみようと思ったんです。

 

資金が半分で撮影に入ったとか。

 

瀬々:無謀というか、頭が悪いってことじゃないですか(笑)。ほんとはもっと賢くやりたいんですけど。ラインプロデューサーをやっている坂口一直さんが割とのんびりしているというか、そんなに深く物事を考えない男でね(笑)、これが助かった。その前にほかの人にお願いしたら、その人には「これ、無理ですよ」って言われたんです。確かにその通りだ。じゃあ、坂口さんに頼んでみるかと。深く考えない男が仕切ってくれたのがよかったんじゃないですか(笑)。まじめな話、彼には感謝してます。

 

どんな困難があろうと、やりたいと。

 

瀬々:そこまで言うのは恥ずかしいですけど(笑)。でも、みんなで一丸となって作り上げた映画だと思っています。お金がないから、役者さんなのに長谷川さんも深夜、ロケバスで岩手まで移動しないといけなかったり。長谷川さんは翌日が大事なシーンだったりして、あんまり眠れないんです。僕はガーガー眠ってましたけど(笑)。

 

長谷川:貴重な経験です。お金がない作品もたくさんやってきましたけど、お金がない中で、こんなに大きなものを1年以上かけてやるというのは初めてでした。無謀ですけど、今後もきっとそんなにないでしょう。役者として、こんなことできたらうれしいし、楽しいと思います。でも、もう1回やろうったってできないですよ。

 

撮って編集しながら、台本がどんどんふくらんできたそうですね。

 

瀬々:やりながら、より深くこの世界に入り込んでいったというか。撮り始めたときと今のニュアンスはちょっと違いますね。特に忍成くんが演じた犯罪者は動機が不明で、謎の部分があり、これがもし90年代の映画だったら、「謎の犯罪者」「怪物的な人間による犯罪」「人智を超えた存在」でよかったかもしれないけれど、今やそういうことじゃダメなんだと。彼の動機もどんどん付け足して増えていったんです。長谷川さんが演じたトモキは、最後の回想シーンで子供時代が出てきますが、それも最初は無かったんです。

 

長谷川:びっくりしましたよ。自分の母親や昔の友人の写真がちらっと映ったりして。

 

瀬々:子役も長谷川さんによく似た子を探してくれと。芝居はできなくてもいいからって(笑)。子供時代を入れたかったのは、トモキが大きな命の繋がりを発見したということを伝えたかったからかなと。まぁ、今思えばですけど。

 

『ヘヴンズ ストーリー』©2010ヘヴンズ プロジェクト | REALTOKYO
©2010ヘヴンズ プロジェクト

役者をその気にさせる「卑怯な手」

 

まず第1章から、柄本明さん扮するソウイチが孫のサトを探しまわる形相がすごくて、これはただならぬことが起こるなと。どんな演出をされたのでしょう。

 

瀬々:特にしてないんですよ。とにかく走ってくれと。でも、再会するところは何回もやりました。「もう1回やっても、監督が思ってるものにはならないかもしれないよ」って柄本さんはおっしゃってましたけど、「それでもいいですから、とにかくもう1回」とやってもらいました。話は変わりますが、クリント・イーストウッド監督は、いつ始まっていつ終わってるのか役者にわからない撮り方をするそうで、そういうのに憧れますね。

 

長谷川:でも、瀬々監督もそういうのがありましたよ。僕が演じたトモキが部屋を出た後に、菜葉菜さん扮するタエが娘とごはんを食べながら、感極まって奇跡的な表情をするシーンなんですけど、家を出て外で待っているのになかなかカットがかからなくて。「どうなってるんですか。今のオッケーだったのか確認してきて下さい」って助監督さんに言ったら、「ちょっとまだわかんないんで……」って。トモキという役柄のこともあって、僕もイライラしてたんでしょうね。ぐってドアを開けようとしちゃったんですよ。そしたら、「わー、まだまだ」って制止され、そこから長いこと待たされて。開けたら充実した空気になってて、監督が「すいません、長谷川さん。待たせちゃって」って。

 

瀬々:テストまでは長谷川さんが出ていったらカットだったんですが、子供がいい位置にいたんですよ。なので、カットをかけずに「放置プレイ」です。そしたら、菜葉菜さんもなんかやらなきゃいけないんだと思って延々芝居を続けてくれて、その後30分くらい続けて撮ってました。

 

長谷川:いったい何だったんだと思ってたんですけど、作品を観たらいいシーンになってて、やっと謎が解けました(笑)。

 

瀬々:2008年の夏に撮影に入って、まずタエとトモキが知り合う第3章、そして大きくなったサトがトモキを訪ねる第4章をまとめて撮ったんです。いくつか撮り終わった後で菜葉菜さんが「ちょっと自信がない」って言うので、ぼくも確かにその時点ではそう思っていて、その娘とのシーンの翌朝には最も重要なシーンが控えてるから、ここは何かやっとかないとなと思って。菜葉菜さんという役者をそこに持っていく手段として、あのシーンを利用したっていうか。役者さんって、放置プレイ的にしておくとテンションが変わることがあるじゃないですか。そういうのもあって卑怯な手を使ったんですよ。

 

長谷川:言っちゃっていいんですか?

 

瀬々:でも、菜葉菜さんはそれに応えてくれました(笑)。

 

『ヘヴンズ ストーリー』©2010ヘヴンズ プロジェクト | REALTOKYO
©2010ヘヴンズ プロジェクト

さすがイーストウッドと思った、そのわけは?

 

では、長谷川さんをその気にさせる卑怯な手は?

 

瀬々:長谷川さんはわかってると思いますよ。半年ほどの撮影が終わって編集ラッシュを見ていたら、長谷川さんは「受け」の芝居がうまいんです。押し寄せてくるいろんなものを受けて耐えて、それを返すという「コール&レスポンス」に長けた人。だけど、いよいよ後半、長谷川さんがメインで突っ込まないといけないシーンということで、衣装合わせの後にお誘いして2人で飲みに行ったんです。

 

長谷川:話があるって言われた段階で、こりゃ何かあるなと。ここまで撮ってきて、何か言いたいことがあるんだなと。実際には大したことは言われなかったけど、もうちょっと……というヒント的なものがあったというか。

 

瀬々:あれも、今、考えるとですけど、結果的には長谷川さんをイライラさせるっていうことになってしまったかなと。それ以降「はっきりとは言わないけど、瀬々は何か思ってるんだな」っていうような感じになったでしょ?

 

長谷川:はい、完全になりました。でも、イライラさせようと思ってたなんて……。

 

瀬々:その時はそこまで考えてなかったけど。ほんとに人が悪いんですよね(笑)。

 

長谷川:うっすらにじみ出てるような気もする(笑)。

 

『ヘヴンズ ストーリー』©2010ヘヴンズ プロジェクト | REALTOKYO
寄りが先だったらよかったという問題のシーン ©2010ヘヴンズ プロジェクト

瀬々:もうひとつ思い出したけど、河原で妻子の死体を発見するシーン。そのショットをまず引きから撮ったんですよ。その後に寄りを撮ろうと思って。根性が入る芝居のシーンですよ。長谷川さんは引きで終わりだと思ったんでしょう。「同じ芝居をもう1回」って言ったら、「まだ寄りがあるの? もう無理」っていう感じになって、ちょっとしたいざこざじゃないけど……。

 

長谷川:はい、軽くありましたね。「今日もう終わり! 撤収!」って(笑)。僕は、自分の奥さんが目の前で死んでいたらどうするだろうと考え、どんどん内に入って放心してしまうんじゃないかと思ったんです。正直このシーンをやるのが怖かった。そのとき監督に、もっと出してくれと言われて、じゃあ、いいよって。自分はそうじゃないと思ったけど、それをばりっと破って、できる限りのものを、もう二度とできないようなものを、引きの撮影のときにうわーっと出し切ったんです。そしたら、「はい、じゃあ次、寄り行きまーす」って言われて。すいません、やれないっすよって感じでした。もともとそれちょっと違うだろうと感じてたのに。でも、それじゃいけないって、自分の思い込みだけでやっちゃいけないなと、僕も僕なりに反省したんですけど。

 

瀬々:その日は僕らも反省会で。チーフ助監督が「今日は失敗しました。『チェンジリング』のとき、イーストウッドは大事な芝居はぜんぶ寄りから撮ったって、アンジェリーナ・ジョリーがインタビューで応えてたんです。あれを思い出すべきだった」って。反省会です。「そっか、さすがイーストウッド」って(笑)。

 

後編に続く

 

瀬々敬久監督と長谷川朝晴さん | REALTOKYO
作品の重厚さに反して、インタビューは笑い満載

瀬々敬久プロフィール

ぜぜ・たかひさ/1960年生まれ。京都大学文学部哲学科在学中に『ギャングよ 向こうは晴れているか』を自主製作し、注目を浴びる。86年より獅子プロに所属。89年、汎アジア的エネルギーにあふれ、ジャパゆきも題材に取り込んだ『課外授業 暴行』で商業映画監督デビュー。以降も、原発ジプシー、湾岸戦争など時代に結びついた題材に果敢に取り組み、「ピンク映画四天王」として日本映画界に一大ムーブメントを巻き起こす。一般映画を手掛けてからは、さらにメジャー作品を含む劇映画、ドキュメンタリー、テレビ、ビデオ作品まで、ジャンルを越境した活動を展開。思想的・社会的視点を取り入れた刺激的な作品を次々と発表し、国内外で高く評価されている。近年の映画作品に『HYSTERIC』(2000)、『RUSH!』(2001)、『トーキョー×エロチカ』(2001)、『ドッグスター』(2002)、『MOON CHILD』(2003)、『ユダ』(2004)、『サンクチュアリ』(2006)、『刺青 堕ちた女郎蜘蛛』(2007)、『泪壺』(2008)、『フライング☆ラビッツ』(2008)、『感染列島』(2009)、『ドキュメンタリー頭脳警察』(2009)など。

長谷川朝晴プロフィール

はせがわ・ともはる/千葉県出身。1993年、明治大学在学中にジョビジョバを結成。2002年に活動を休止するまでジョビジョバとしてのライブ活動を始め、テレビ、ラジオ、イベントなどで活躍。個人としても、90年代から数々のテレビドラマ、舞台、映画で実力を発揮している。主な映画出演作は、『アドレナリンドライブ』(矢口史靖監督、1998)、『スペーストラベラーズ』(本広克行監督、2000)、『DRIVE』(SABU監督、2001)、『気球クラブ、その後』(園子温監督、2006)、『探偵物語』(三池崇史監督、2007)、『ハッピーフライト』(矢口史靖監督、2008)、『かずら』(塚本連平監督、2010)、『ハッピーエンド』(山田篤宏監督、2010)など。

インフォメーション

ヘヴンズ ストーリー

10月2日(土)からユーロスペース、10月9日(土)から銀座シネパトスほか全国順次ロードショー

配給:ムヴィオラ

公式サイト:http://heavens-story.com/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。