COLUMN

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Out of Tokyo

008:遠い中東
小崎哲哉
Date: March 09, 2001

イスラエル美術の近代

 

米英軍がイラク空爆を行った日に、電車を乗り継いで鎌倉に向かった。春が近い古都の空は青く澄み渡り、遠い国の戦火を知らぬげに梅の花がほころびかけている。週末とあって鶴岡八幡宮は観光客でにぎわっていたが、神奈川県立近代美術館の館内は閑散としていた。開催されているのは「新千年紀へのメッセージ」という副題が付けられた『イスラエル美術の近代』展である(3/25まで)。

 

出展作家は、イスラエル近代美術の父と呼ばれるヨゼフ・ザリッツキー以下11人。僕はとりわけ、モルデカイ・アルドンの絵画と、メナシェ・カディッシュマンとダニ・カラヴァンのインスタレーションに心を動かされた。いずれもホロコーストに直接の材を採り、普遍性を持つまでに昇華された作品である。

 

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『数字の列車』

アルドンの作品は『数字の列車』と題されている。73.5×145cmという横長の油彩で、画面上部の赤や黄と、下部の黒のコントラストが鮮やかだ。よく見ると、上部の花火のような色面には頭蓋骨を想わせるうつろな穴が空いている。下部の「列車」には「442345」などの「数字」が多数書き込まれている。ナチスの時代に強制的に列車で収容所に運ばれ、死に追いやられたユダヤ人の悲劇を精緻なタッチで描いた傑作だ。

 

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『シャレヘッド(落ち葉)』撮影 :上野則宏

カディッシュマン単独のインスタレーションは、『シャレヘット(落ち葉)』という題名だった。鉄製の顔状のオブジェをパティオ脇の通路角に敷き詰めたもので、1997年以来、世界各地で展示されているものだという。赤錆の浮いた「落ち葉/顔」は笑っているようにも泣き叫んでいるようにも見えるが、アルドンの作品と同様に頭蓋骨を連想せずにはいられなかった。大小さまざまの、身体から切り離された顔・顔・顔…。

 

鉄路の記憶

 

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『カディッシュ ツァバールのためのレクイエム』撮影 :上野則宏

だが、この2作にも増して衝撃的なのが、カディッシュマンとカラヴァンの共作『カディッシュ ツァバールのためのレクイエム』だった。美術館1階の池に面したテラスに設けられたこのインスタレーションは、鉄のレールを中心に構成されている。鉄路の下には白砂利が敷き詰められ、石のあいだからは黄色い菊の花が顔を覗かせている。レールの一方の端は階段下にあって、階段の裏側には鏡が張られているから天上に伸びているようにも思われる。もう一方はテラスの端で切断され、その向こうの池の中には、イスラエル人のシンボルだというツァバールというサボテンの鉄像がすっくと立ち上がり、周囲には木製の『シャレヘット』とも呼ぶべき顔がいくつか、ゆらゆらと水面に浮かんでいる。

 

数年前に訪ねたグリューネヴァルト駅のことが想い出された。グリューネヴァルト駅は、ベルリン中のユダヤ人(や同性愛者やジプシー)が強制移送列車に詰め込まれ、ダッハウ、ザクセンハウゼンやアウシュヴィッツ、トレブリンカなどの強制収容所・絶滅収容所へと送り出された場所である。17番ホームは歴史的モニュメントとして保存され、地面には姓名のほかに、生没地と生没年が刻まれたプレートが埋め込まれていた。生地と生年はさまざまだが、没地は例外なく収容所のある場所、没年も例外なく1941年から45年のあいだだった。

 

「収容所の記憶」は、収容所自体に先立つ強制移送、すなわち鉄路の記憶と分かちがたく結びついている。クロード・ランズマンの9時間に及ぶドキュメンタリー『ショアー』も、列車が進み行くガタンゴトン……というリズムが印象的な映画だった。ナチスがドイツ国鉄を利用し、団体用の優待運賃でユダヤ人を移送した話は『ショアー』における歴史学者ラウル・ヒルバーグのインタビューに詳しい。付け加えれば移送経費は、没収されたユダヤ人の財産や銀行預金で賄われたというから、ユダヤ人は死の移送の費用を自ら支払わされたことになる。

 

メディアミックスに期待

 

僕は図録を入手しただけで未見だが、埼玉県立近代美術館では姉妹企画『イスラエル美術の現在』が開かれている(3/20まで)。ナチスによる焚書事件をシンボリックに表現し、実際に焚書が行われたベルリンのベーベル広場に設置されている『図書室』で名高いミハ・ウルマンの作品も楽しみだが、ぜひ観たいのはペニ・ヤスールの『スクリーン:鉄道路線図・ドイツ1938』だ。ドイツ全土に蜘蛛の巣のように張りめぐらされた鉄道網。その網の目を通じて、最終的にガス室に送り込まれた人々のことを想うと胸が痛む。

 

イスラエルのような複雑な歴史と事情をかかえる国の芸術に接する場合、作品が置かれている文脈を理解するのは容易ではない。その意味で、今回のようにふたつの美術館が肩を組んで、展示を行うのはありがたいことだと思う。欲を言えばこういう機会には、映画会社やプロモーターや出版社などが、メディアミックス的に中東や現代史に関する上映、上演、企画出版を行って、多方面から照明を当ててくれないだろうか。上述の『ショアー』やスティーブ・ライヒの『Cave』の再演とか、ヒルバーグの未訳書の出版とか。パウル・ツェランの詩の朗読会でもいいんだけど、どこかでやってくれませんか。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学客員教授も務める。趣味は料理。