COLUMN

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Out of Tokyo

179:犬と鼠
小崎哲哉
Date: January 17, 2008

神楽坂のホテルを会場としたアートフェア『ART@AGNES2008』は、東京を中心に33軒の現代アートギャラリーが参加し、今年も成功したようだ(1/11-13)。昨年はJ-WAVEの生放送も与って、4,000人を動員したと聞く。開催4回目の今年は2日目こそ雨に祟られたが、初日に何人かのギャラリストに尋ねたところ、「売れ行き好調」とのことだった。

 

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ART@AGNESの会場で

今回初参加の無人島プロダクションのブースに、チン↑ポム(Chim↑Pom)作品が出展されていた。会田誠門下のアーティストユニットで、いずれも30歳以下の6人組。紅1点のエリイがピンク色のゲロを吐きつづけるビデオ作品や、カンボジアの地雷で爆破した私物をチャリティオークションにかけて売上を同国へ寄付するプロジェクト、剥製と録音した鳴き声とで都会のカラスを集めるパフォーマンスなどにより、メディア露出も増えている。RTでも窪田研二さんが、1年前の「TOKYO仕掛け人日記 041」で初個展『スーパー☆ラット』の模様を紹介している。僕が初めて観たのもこの展覧会だが、昨年秋ごろから彼らの活動について、さらに思いを巡らせるようになった。ギジェルモ・アバクク・バルガスというコスタリカのアーティストが、「犬を虐待する作品」を発表したというニュースを聞いてからのことだ。チン↑ポムが『スーパー☆ラット』で発表したのは「鼠を虐待する作品」と言えなくもない。両者に違いはあるのかないのか?

 

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先にバルガスの「作品」について説明しておこう。実際の展示を観ていないので、まずは『ホンジュラス中央アメリカ・ビエンナーレ』へのバルガスの参加取り消しを求める署名運動サイトから引く。「ギジェルモ・アバクク・バルガスなるコスタリカ出身の『アーティスト』が、飢えた犬をアート作品として展示した。誰かが犬に餌や水をやることを彼が望まなかったので、哀れな犬はそこで死んだ。極悪非道な男は何人かの少年に犬を追わせ、彼に引き渡す汚い仕事に対して金を払った。犬が死んだこのイベントにおいて、男は『ホンジュラス中央アメリカ・ビエンナーレ2008』の自国代表に選ばれた。署名運動サイトはこの男をボイコットし、ビエンナーレに参加できないようにするためのものである」

 

サイトには40万に迫ろうかという署名が集まっているが、都市伝説や噂の真偽を判断するウェブサイト『Snopes.com』から孫引きすると、ニカラグアの『La Prensa』紙が、「ギャラリーのディレクターは『犬は実際には十分に餌を与えられていて、飢えにせよ他のいかなる理由にせよ死んではいず、夜の間に画廊から逃げ出した』と主張している」と報じている。『Snopes.com』はこの報道をもって、犬が死に至らしめられたかどうかの真偽は「確定できない」と判断を保留している。

 

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一方、チン↑ポムの作品は、夜中に渋谷センター街に出かけてクマネズミを狩り、水に沈めて殺した後に剥製にし、黄色く染めて「ピカチュウ」にするというもの。展示は「狩り」の記録ビデオと、ポーズを取らせた剥製=ピカチュウの実物によって構成されていた。展覧会名は、殺鼠剤への耐性を備えるに至って「スーパーラット」と呼ばれるようになった都会のしたたかな鼠のことを指すが、もちろん村上隆の「スーパーフラット」のパロディ(あるいは批判)でもあるだろう。美術評論家の福住廉は、ウェブサイト『artscape』の展評に以下のように記している。

 

「路上の傍らに積み上げられたゴミの山を蹴り上げると、そのなかからネズミの群れが蜘蛛の子のようにあふれ出てくる。目にも止まらぬ速さで街の隙間に逃げ込む無数のネズミを虫取り網ですくい上げようとするが、すぐれた運動能力と学習能力をもつスーパーラットはその網をかいくぐり、一度網の目に絡めとられたとしても、信じられないほどの跳躍力で脱出してしまう。この捕獲と逃走の攻防劇を映し出したDVD映像を見ると、それが若者による街の美化運動などというより、なによりもまずネズミを相手にしたバトルゲームに近いことがよくわかる。こうした都市空間における遊戯は、たしかにある一面では愚連隊の乱痴気騒ぎともいえるが、別の一面ではChim↑Pomとスーパーラットがそれぞれの「生」を極限まで燃焼させるという意味で、ある種の熱狂を帯びた享楽的な儀式でもあるのだ」

http://www.dnp.co.jp/artscape/exhibition/review/070201_02.html

 

このふたつの「動物虐待」作品、僕は圧倒的にチン↑ポムのほうが優れていると思う。バルガスの発想があまりに陳腐であり、浅薄であるからだ。あるサイトによれば、作家は以下のように主張している。「作品の目的は、哀れで罪のない生き物にいかなる種類の苦痛をもたらそうというものではなく、むしろ以下の点を強調することにある。私の出身地、コスタリカのサンホセでは、毎年何万もの野良犬が路上で飢え死にしたり病死したりするが、誰も気に留めない。では、この犬のケースのように飢えた犬を一般に公開したら、反発が起こって我々皆が抱く大いなる偽善を明るみに出すのではないか。この犬は重病で、いずれにせよ路上で死んでしまうだろうし」(http://guillermohabacucvargas.blogspot.com/)。この発言にも猛反発が起きているが、要するに、日常にありふれたものでもホワイトキューブに持ち込めば意味が変わり、美術制度への批判となりうる、という「文脈主義」だ。

 

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Chim↑Pom: SUPER RAT 2006 DVD

これに対してチン↑ポムは、現代美術の文脈など一顧だにしていない。実際、『スーパー☆ラット』は、誰もが言葉を失うほどに独創的であり、非美術的な場——例えば「路上」——に持ち込んだとしても、いささかもインパクトを失わないだろう。また、攻撃力においてはるかに勝っているとはいえ、この「攻防劇」においてヒト(チン↑ポム)はネズミと同じ戦場に立っており、その点において、少年たちに小金をやって犬を狩らせたバルガスを倫理的に大きく凌駕している。我々の祖先がクマや勇魚(鯨)に対等に近い形で立ち向かった、ヒトが自然の中で自然とともに生きていた時代を想い起こさせもする。

 

ディレクター氏が言うように、犬が一命を取り留めたのであればご同慶の至りだが、動物愛護精神やヒューマニズムとはまったく関わりない次元で、バルガスの「作品」はアートとしての質が低すぎる。安手のポルノをつくるようなセンセーショナリズムにしてスキャンダリズム。それが現代美術としてはリファレンスを欠いている一方、チン↑ポム作品がシミュレーショニズムの系譜に連なっていることなどは、言わなくてもいいだろう。作品の意図について聞くと、「都市における野生動物と僕たち人間との共生がテーマでーす」などと明るい笑顔でうそぶく奴らなのである。頼もしいったらありゃしない。

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。