先週、房総の海辺に土地を買ってしまった。
数年に一度、自分でも予想がつかない行動に走ってしまうことがある。どうやら、それが久々にやってきたようだ。まさかノマド主義の僕が土地を買うなんて夢にも思っていなかった。少なくとも最近までは。
松林の向こう側が海。気配ぐらいは伝わってくるかな。隣はまだ空いてます。
「東京R不動産」の兄弟サイト、「リラックス不動産」をはじめて一年近くが経とうとしている。新しい郊外、楽しむために住む気持ちのいい郊外について、いろいろな場所で話したり書いたりした。いつのまにかに自己暗示にかかっていたのだと思う。うかつにも、房総の海辺の土地を見た瞬間「あ、オレ、買っちまおう」と思ってしまったのだ。まあ、仕方のないことだと思う。こういう時の気分には従順になるようにしている。
その場所はJR外房線・上総一ノ宮駅から2kmちょっと、サーフポイントの一宮海岸から300mくらいのところ。敷地には立派な松が生え、周りには緑と静けさがある。いま僕の住む第一京浜沿いのマンションとは、対極にある環境だ。
日本橋の事務所から上総一ノ宮駅までは快速で1時間20分。車でも同じくらい。一週間の半分くらいは、房総の家から通おうと思っている。忙しいときは都市の窮屈な部屋に、ゆったりできそうな日は房総へ。果たして僕の二重生活は成立するのか? 興味深い。
セカンドハウスというつもりはなくて、メインが房総。サブが都心である。東京R不動産では、ある意味、東京都心の生活の姿のオルタナティブを示し得ているような気がする。次は、違った東京の楽しみ方を、自分自身を実験台にして試してみたい。違った東京が見えてくるかもしれない。
思い立ったはいいのだが、土地を買うにはまず、金を借りなければならない。予想通り、銀行はフリーランスや小さな設計事務所の経営者にはいたって厳しい。窓口でのやりとりはまるで、機械的に僕の金融価値が計られているようで、それは切なくも可笑しかった。20代後半くらいの窓口の女性の対応は、ものすごく冷たく、軽くあしらわれているかのようだった。それは被害妄想だと思う。しかし、このような場における僕は、極めて無力で、ひどく自虐的な気分に陥っていく。
最近の銀行では、Googleで名前を検索しているようだ。「馬場さん、いろんなことなさってますね」と話しかけられた。
「いやあ、金にならんことばかりです」と、つい口を滑らせてしまった。
オレはバカではないか!? なぜ銀行の窓口で、しかも20代の小娘相手に自分が不利になるようなフレーズを口にしてしまっているのか。すでに自信を失いかけている上に、具体的な数字が追い打ちをかける。
「あなたに融資できる額は、およそ・・・・万円くらいですね」
「マジッすか!」
ある意味、迫力のある数字だった。具体的な数字は、もちろん書けない。Open A のみんなや、東京R不動産の若手に顔向けできないし、もしかしたら夢を失い組織が崩壊する恐れもある。銀行の査定とは残酷なものなのだ。
何を隠そう、僕の父親はかつて九州の地方銀行に勤めていた。僕が会社を辞めるときなどは、ひどく悲しげな目をしていたのを思い出す。この数字を見ると、彼がそんな目をしたのもうなずけるというものだ。
思い立って、土地を買い、そこに家を設計してゆくドタバタの様子は「リラックス不動産」に記載して行こうと思っている。ある意味、フリーランスや小企業の経営者に対してのノウハウ(?)の提供になっていくかもしれない。銀行に金を借りに行く、たったそれだけのことが原稿素材になってしまうこの現実をどう受け止めていいのかは、とりあえず保留。
兎にも角にも、僕は先週、房総の海辺に土地を買ってしまった。
現在、そこに建てる家の設計をしている。当然、予算も限られていて、どれだけの予算で、どんな家が建てられるか、それも実験。家族は犠牲者で、その実験につきあってもらわなければならない。サーフィンも上手くならなければならない。この悪ノリにつきあってくれる仲間も必要だ。今後の僕の日記も、リアルトーキョーから、房総へと繋げてみたい。
この続きは以下「リラックス不動産」のサイトで……
http://www.realtokyoescape.jp/baba/
思い出せばここで連載を始めたのが2002年の夏。それから5年以上の月日が経っている。月に一度書く、この日記にもエッセイにも属さないような文章の束の中には、30代後半の僕が素直に残っているような気がする。この表現はリアルトーキョーというメディアの上でしかあり得なかっただろう。
貴重な機会を与えていただいた小崎編集長、僕の訳しにくい日本語を英訳してくれたアンドレアスさん、気まぐれな原稿を待っていてくれた村田さんと内田くんに深く深く感謝しながら、いったん筆を置かせていただきます。
本連載は、11月中旬予定のREALTOKYO全面リニューアルに伴い、今回をもって終了となります。長い間のご愛読、ありがとうございました。(REALTOKYO編集部)
寄稿家プロフィール
ばば・まさたか/『A』編集長、建築家。1968年佐賀県生まれ。94年早稲田大学大学院建築学科修了。94〜2001年博報堂。現在、雑誌『A』編集長。『A』の制作者ネットワークである「A activity」を中心に、設計活動、都市計画などを行う。
