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ギャラリー αM 2018.4.7-6.2
EXHIBITION

絵と、vol.1 五月女哲平展
ギャラリー αM 2018.4.7-6.2

Written by 松井みどり|2018.6.27

Teppei Soutome 2018.2.2 #1
2018 | 700×2100㎜|print, wooden frame, acryl, glass, silkscreen |photo: Keizo Kioku

2018年に、東京国立近代美術館企画課長、蔵屋美香によってギャラリーαMで企画された「絵と、」展は、5人の作家の連続的個展を通して絵画が生まれる動機や、絵画外部の諸要素との関係性を探る展覧会だ。その第1回である五月女哲平の個展では、色の層を塗り重ねることによる、既に塗られた色の抑圧という彼独自の絵画の方法を確認しながら、そのプロセスに、これまで彼の絵画では封じられて来た近現代の歴史への彼の内省を組み込み、それら二つを統合することが試みられた。

展覧会の枠組みは、五月女に2012年以来彼が追求して来た絵画の制作方法とその意義を振り返る機会を与えた。五月女の絵画は、現実世界の模倣を通して言及される文化的社会的文脈という、絵画の第1の虚構的要素を避けて、色、形、塗りの厚さや薄さ、彩度や明度のような純粋な視覚体験から誘発される感覚という、第2の感覚的虚構を探求するものだ。その傾向は、五月女が、それまでの鮮やかな色面構成によって猫や女性の有機的な姿を捉える方法を捨てて、現象世界を白、黒、グレーの面に還元した、2012年の絵画『He, She, You, and Me』以来、多面体や円などの幾何学的形態と既に塗られた色面の上に単色の絵具を塗り重ねる方法を採用することで、推進されてきた。この方法は、彼の絵画の物質性を強化し、繊細な視覚効果に観客を集中させた。絵画的語彙が限定されている故に観客は、黒と白の三角形の組み合わせや、細い色の線と単色の面の対比などから生まれる、運動や多次元の「錯覚」を楽しむことができた。

「絵と、vol.1 五月女哲平(企画:蔵屋美香)」展示風景 gallery αM、2018年、撮影:木奥恵三

蔵屋によれば、「絵と、」第1回展のきっかけは、2017年の五月女との会話において、五月女が彼の絵画における色彩の抑圧は、2011年の東日本大震災の心理的影響によると明かしたことにあるという。その、絵画の現実介入力への疑問をもとに、五月女は、彼と歴史を繋ぎつつその曖昧な関係への苛立を体現する視覚体験を求め、その過程を「絵画的」に表現する方法を探った。展覧会では、五月女が、彼の住む栃木県にある渡良瀬遊水池の風景を冬の日に撮った写真をもとに、1)木枠、2)木のボード、3)写真のイメージ、4)アクリル板、5)ガラス板、6)シルクスクリーン印刷という6層が重ねられた、5点の写真メディウムによる平面作品がつくられ、純粋な写真作品1点とともに、展示された。

会場の入り口近くの向かい合うふたつの壁には、雪の地面の写真の上に、黒い円と白い正方形の色面を置いた平面と、風景の写真の上に黒い正方形を置いた平面が、それぞれ展示されていた。色面や、異なるメディウムを重ねて出来た半透明の灰色の層によって、写真に撮られたイメージは殆ど見えない。その一方で、ガラス板にシルクスクリーンで転写した黒い円や正方形の表層は鏡面をつくり、観客の姿や展示会場の風景を映り込ませる。観客は、自立した虚構としての絵画を眺める距離を奪い取られ、絵画に意味を与える行為者としての自分の存在の余剰に向き合わせられる。そこから、白い色面で覆われた平面へ、更に、会場の奥手に展示された、白い円の下から明瞭な風景のイメージがはみ出て見える部分と淀んだ水のような暗い灰色の色面が対置された作品へと視線を移すうちに観客は、展示が、積雪と泥の地面と枯れ草で覆われた遊水池の風景の物理的心理的効果を絵画的積層によってなぞっていることを実感する。イメージを隠したり浮き上がらせたりする方法は、渡良瀬遊水池の複雑な歴史的文脈——足尾銅山の鉱毒を分散させるために設置され、一村が強制立ち退きさせられた/現在は生物多様性に富む市民の憩いの場——との皮肉な類推をつくり出す。

『2018.2.2 #2』2018 800×1600㎜ 木製額にプリント、アクリル、ガラス、シルクスクリーン 撮影:木奥恵三

同時に、3点の平面の微小な「絵画的」差異も見えてくる。例えば、黒い円が青っぽく見える、深い灰色の下に草のイメージが縞のように浮き上がるといった現象は、緑色の色面の挿入や、アクリル板の着色の有無といった、微妙な物質的調整によって産まれる「錯覚」だ。それは、厳密に選ばれた絵画的条件によって、そこにはないはずの視覚現象を観客に体験させる。

「絵と、」展における五月女の展示は、絵画特有の「塗る」という行為を封印し、写真的メディウムの積層を発注することで、作者のコントロールを抑圧しながら、逆説的に、五月女の絵画の本質は、メディウムを変えても伝わることを証明した。彼の作品の「物質性」とは、「見える」と「見えない」の境界を越えて交差する様々な差異を含む視覚体験の現実性に支えられていたのだ。

INFORMATION

絵と、vol.1 五月女哲平展(企画:蔵屋美香)

ギャラリーαM
2018年4月7日−6月2日

WRITER PROFILE

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松井みどり Midori Matsui

美術評論家。東京大学大学院英米文学博士課程満期退学、プリンストン大学より比較文学の博士号取得。国内外の美術学術誌や企画展カタログに同時代の日本や英米の現代美術の潮流や作家について論文を寄稿。執筆カタログは、『Super Rat: Chim↑Pom』(パルコ出版., 2012); 『Ryan Gander: Catalogue Raisonnable』Vol. 1 (フランコ・フィッツパトリック出版, 2010); 『Ice Cream』(ファイドン, 2007);『Little Boy: the Art of Japan’s Exploding Subculture』(ジャパン・ソサエティ、エール大学出版部, 2005)。著書に『芸術が終わった後のアート』(朝日出版、2002)『マイクロポップの時代:夏への扉』(2007年、水戸芸術館)、『ウィンタ−ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開』(2009年、原美術館)。多摩美術大学非常勤講師。

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