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SCREENING

『ゲッベルスと私』
監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットフォーファー
2018.6.16 – 8.3

Written by 藤原えりみ|2018.7.19

©2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

無関心と無知と日和見主義が生み出した悪夢。

20世紀のあの出来事を私たちはまた繰り返すのか。

 

深い皺が刻まれた顔。時に目を閉じ、時に手を頬に当て、両手で顔を覆ったりしながら、70年間の沈黙を破って訥々と語るブリュンヒルデ・ポムゼル。1911年生まれの彼女は、撮影当時103歳。観客は113分という上映時間のほとんどを103年の時が刻まれた彼女の顔と向き合うことになる。ナチスがドイツの政権を掌握した1933年、彼女は政治的信念もないまま仕事を得るために入党する。既知のナチ党員のツテで国営放送局の秘書となり、1942年には国民啓蒙宣伝省の大臣ゲッベルスの秘書の座を獲得。何人もの秘書の一人ではあったが、高い報酬を得る恵まれた環境で、何も疑うことなく自らに託された仕事をひたすら勤勉にこなす。

©2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 

「ゲッベルスの下でタイプを打っていただけよ。それ以上のことは何も知らなかった。とにかくほとんど知らなかったの。私に罪があったとは思わない」。本当に何も知らなかったのか? 「ほとんど」とはどういうことなのか? と問い糾したくもなる。ポムゼルは1938年の「水晶の夜」、そして1943年に白バラ抵抗運動に関わったハンスとゾフィー兄妹、クリストフ・プロープストらがギロチンで処刑されたことを知っていた。しかもショル兄妹の裁判記録の書類を手にしながら、宣伝省の上司の「君は盗み見しないよね」という言葉に従って書類に目を通すことなく保管庫に収める。「上司の信頼に応えることが何よりも大切」であったと率直に語るポムゼル。そしてそういう自分自身を誇らしく思ったと。親しい友人であったユダヤ人女性のエヴァがいつの間にかいなくなったことに気づいていながら、その理由を追求しようとしなかった。彼女は敗戦とともにソ連軍に連行され、かつての強制収容所に5年間収監された。そしてホロコーストのこともエヴァがアウシュヴィッツで1945年に殺害されたことも、解放されて初めて知ったという。

©2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 

映画の英語原題は「A German Life」、つまり「あるドイツ人の生涯」。当時のドイツ国民のほとんどはポムゼルと同じ「無関心と無知」の状態にあったことを思わせる。だがそれは、日中戦争から太平洋戦争へと突入していったあの時代の日本国民の大半にも重ねあわされる状況ではないのだろうか……。「今の人たちは良く言うの。”もし自分たちがあの時代にいたら、もっと何かをしていた”。”虐待されたユダヤ人を助けたはずだ”と。……(中略)……でも彼らも同じことをしていたと思う。当時国中がガラスのドームに閉じ込められたようだったの。私たち自身が巨大な強制収容所にいたのよ」。

監督陣の主観を伝えるようなナレーションも音楽もない。すべてはモノクロームの映像のみで進行していく。彼女の顔の合間に挿入される記録音声やアーカイヴ映像は、当時進行していた出来事の赤裸々な事実を映し出す。ゲッベルスの「総力戦演説」(1943年2月18日)の音声もある。現場にいたポムゼルは、一人の人間がこれほど多くの聴衆の熱狂をかき立てる事態におののく。だが彼女は政治に無関心で、より良い収入と恋愛にしか関心がなかった。「見たくなかった、知りたくなかった」と言う彼女の証言には、「記憶の揺れと矛盾」が交錯する。映画はその矛盾さえも露わにしつつ、70年間の沈黙を破った言葉の重みを私たちに伝えようとしている。「これは過去の出来事ではない」と。

 

©2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 

この夏には、「戦争画」で糾弾された藤田嗣治の没後50年展@東京都美術館(https://www.tobikan.jp/exhibition/2018_foujita.html)も開催される。いずれも若い世代の人たちに見て欲しい。つまり麻生太郎財務大臣が偉そうに放言した『自民党を支持している「新聞を読まない世代」(20~30代世代)』の方々に。何が起きているのか。あるいは起きつつあるのか。時代の趨勢に巻き込まれている現状では判断は難しい。それでも……抵抗しうる可能性が問われている。皺が刻まれたポムゼルの顔は「今の私たち」を映し出す鏡なのだ。

 

 

INFORMATION

『ゲッベルスと私』

監督:クリスティアン・クレーネス、フロリアン・ヴァイゲンザマー、オーラフ・S・ミュラー、ローラント・シュロットフォファー
出演:ブリュンヒルデ・ポムゼル
オーストリア映画/2016/113分/ドイツ語/日本語字幕 吉川美余子

映画公開に合わせて、監督たちが収録したポムゼルのインタヴューの書き起こしに政治学・社会学者であるトーレ・D・ハンゼンのテキストを添えた単行本も20ヵ国以上で刊行中。
日本語版:『ゲッベルスと私』( 紀伊國屋書店書籍部)

WRITER PROFILE

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藤原えりみ Erimi Fujihara

美術ジャーナリスト。東京芸術大学大学院美術研究科修了(専攻/美学)。女子美術大学・東京藝術大学・國學院大学非常勤講師。著書『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)。共著に『西洋美術館』『週刊美術館』(小学館)、『ヌードの美術史』(美術出版社)、『現代アートがわかる本』(洋泉社)など。訳書に、C・グルー『都市空間の芸術』(鹿島出版会)、M・ケンプ『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(大月書店)、C・フリーランド『でも、これがアートなの?』(ブリュッケ)など。

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