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PERFORMANCE

HEADZプレゼンツ 『スワン666』
北千住BuoY 2018.6.19-7.1

Written by 住吉智恵|2018.8.9

painted by Masaya Nakahara

 

男性優位社会を支配する欲望と暴力性に捧ぐ贖罪

 

本作について語るべき女性としての自分の言葉を探しているうちにすっかり時が経ってしまった。作中で取り扱われた「性暴力」「征服欲」「マチズモ」「ミソジニー」といった問題は目下最大にして最重要な私的テーマで、向き合うには注意深さと勇気が不可欠だからだ。

写真:住吉智恵

 

戯曲はラテンアメリカ文学を代表する作家ロベルト・ポラーニョが遺した小説『2666』から着想された。メキシコとアメリカの国境地帯の町で実際に起きた大量殺人—多くは女工がレイプされ、残忍な方法で殺されて砂漠に転がされた事件—を題材にしたエピソードで、この事件は未解決なばかりか近年まで類似の手口の犯行が後を絶たず、腐敗した警察と模倣犯の関与も噂されているという。SNSでその情報を得て向かった会場のBUoYはかつて男たちが汗を流したサウナの痕跡の残る廃墟同然の空間だ。そこに夥しい数のマネキンの頭や胴体や手足、脱出マジックに使われるような水槽、ベッドのある個室が設えられ、美術と音楽を担当した中原昌也が彼自身の創作で表現してきた「暴力と愚行の果て」を予感させた。そこに3つのシークエンスが交互に現れる。メキシコの強姦殺人犯と思われる男は、犠牲者に向かって自分の性欲とその達成について独白する。日本の社会から孤立して不満を抱えたフリーターの若者は、コンビニのアルバイトのアジア人女性を襲う妄想を語る。中南米の国の広場にある公共の売春部屋(従軍慰安婦を彷彿させる)の娼婦の女は、絶望的な状況を諦観して受け入れる心情を語る。強姦殺人者の冷酷な自己満足にまみれた咀嚼と告解。われわれの社会に潜む劣情を秘めた男の妄想と逡巡。男たちの独善的で不快なモノローグに対して、幽閉された女の絶望と諦観がぎらつくような補色関係に置かれている。

写真:住吉智恵

 

その地平に降り立った演出の飴屋が演じる男は、激烈な怒りをあらわに「強いものが、弱いものを!」と繰り返し、咆哮と共に金属バットを羽枕に振りおろす。白い羽毛が辺り一面に飛び散る鮮烈な美しさと裏腹に、男性の「怒号」「殴打」「破壊」をめぐる恐怖がフラッシュバックして記憶の痛覚を刺激する。さらに彼は、いつのまにか(舞台装置担当の美術作家でもある渋谷が飴屋の時間感覚に応える腕が凄い)水の張られた水槽に身を投げ、身に覚えのない贖罪の苦悩にもんどりうって悶えるのだ。飴屋は『4.48サイコシス』(2009)でも血の水槽にダイヴすることにより肉体を鎮魂に手向けた。本作で煌煌とライトアップされた水の檻は、暴力性を宿命的に生まれもつ男性性を自ら引き受けた飴屋の身体をまるでサーカスの道化のように晒し、裁こうとするようにも見えた。

 

写真:住吉智恵

 

強いものが弱いものを弄び、自分勝手な欲望のために踏み潰す世界は尽きることはないのか。能力も権力も“生産性”もない弱者が呼吸することもできない水の檻のような社会。その果てのない残酷さに愕然とし、ギュッと喉を締め上げられるような生理感覚を覚えた。おそらく女性だけが特に経験するその感覚を、この演劇が社会的弱者になりうる全ての観客に疑似的に体験させたとすれば、本作はきわめて“生産性”の高い名作と語り継がれるかもしれない。

 

INFORMATION

HEADZプレゼンツ『スワン666』

2018.6.19-7.1
北千住BUoY
作・演出 飴屋法水たち
出演:山縣太一、加藤麻季(MARK)、小田尚稔、飴屋法水 / 中原昌也
美術/音楽:中原昌也
振付:山縣太一
装置群:渋谷清道、飴屋法水
音響:池田野歩
照明:岡野昌代
制作・演出助手:西島亜紀

WRITER PROFILE

Chie Sumiyoshi 住吉智恵
住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

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