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SCREENING

『ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪』
リサ・インモルディーノ・ヴリーランド監督 2018.9.8-

Written by 河添 剛|2018.8.12

©️Roloff Beny / Courtesy of National Archives of Canada

徹頭徹尾、女であること。そして、近現代美術の類稀な蒐集家として生きること。その両方を同時に選択することが極めて困難であった時代に、困難な方向に向かって、あえて好んで困難な方向に向かって、世の顰蹙などお構いなしと言わんばかりにお転婆な身振りのみでひたすら邁進していったからこそ遂に20世紀の偉大な伝説のひとつとなりえた裕福なアメリカ人女性がいた。美術愛好家ならば誰もがその名前くらいは知っているペギー・グッゲンハイムである。「蒐集作品より恋人の方が多かった」とか「女性の自由と権利の“荒れた”見本」などと揶揄されながらも、マルセル・デュシャン、アンドレ・ブルトン、ハーバード・リードらを相談役に従えつつ、20世紀美術の綺羅星のような芸術家たちのパトロネスとなり、晩年はベネチアに自らの邸宅美術館までオープンしたこの特異な女性の生涯を、ペギーの生前に収録された貴重なインタヴューを交えながらドキュメントする本作は、彼女が陰画として映し出すかつての美術界の姿を模索する中で、一神教的で父権的な文化の解体をもくろみもする「フェミニズム映画」だということになるのだろうか。

©“Courtesy of the Peggy Gugggenheim Collection Archives, Venice”.

とはいえしかし、ペギーを解放の闘士だったと看做す者はおそらくはいまい。そればかりか、ペギーの肉声を聞くと、彼女はお世辞にも知的な女性とは言い難く、しかも教養の欠如と容姿については本人が相当なコンプレックスを抱いていたことも分かるのだが、それ以上に明らかなことは、彼女が途方もない男好きで、下ネタの愛好家で、しかも傍迷惑な寂しがり屋だったという事実である。まるで昭和のオヤジではないか。この種の映画がえてして帯びる不快な英雄礼賛的な傾向を、ペギーのかかる「弱点」をも強調することによってかろうじてまぬがれている本作は、芸術に向かう彼女の能動的感性と、男性に向かう彼女の受動的身体とを、ほとんど区別なく語ってみせる。あるいは、彼女は芸術をセックスのように貪婪に求めたのだ、という風にも。観る者が思わず呆れ返ったり吹き出してしまったりするような、様々な具体的エピソードを交えて。

つまるところペギーは、その嗜好がいかに大胆かつ急進的なものであったにせよ(実際そうだったのだが)、芸術の都パリを憧憬したひとりの「スノッブ」にすぎなかったに違いない。その証拠に、自宅に溢れ返る数々の驚嘆すべき傑作を前にしながらも、彼女は芸術それ自体についてまともに論ずることなどできない。欲望、消費、性愛で支えられている社会的協調を生きる「スノッブ」は、本質的には過激でもなければ革命的でもなく、ましてや知識人でもないのだ。優れた審美眼を持つ者よりも早くスノッブは偉大な芸術を発見することがしばしばあるといささか苦々しい口調でテオドール・W・アドルノが述べたことの中には、通俗化をまぬがれることのできなくなった芸術の運命が仄めかされている。だが、ペギーのようなスノッブすら未だ存在しないがゆえに芸術をビジネスと直結させる昨今のアメリカン・スタイルを表層的に模倣するばかりの21世紀のわが国にとっては、彼女が過ごした20世紀の人生は、それがいくら滑稽なものに映ろうとも、なおひとつの重要な規範であり続けている。

INFORMATION

『ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪』

監督:リサ・インモルディーノ・ヴリーランド
2015年/アメリカ/96分/カラー/DCP/配給:SDP
9月上旬、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

WRITER PROFILE

Tsuyoshi Kawasoe河添 剛
河添 剛 Tsuyoshi Kawasoe

慶応義塾大学文学部フランス文学科卒。美術・音楽評論家、画家、グラフィック・デザイナー、アート・コンサルタント。ユリシーズ同人。著書『シュザンヌ・ラフォンの場合』(ファランステール、1999年)、監修書『T・レックス・ファイル』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2005年)、『フリクション ザ・ブック』(ブルース・インターアクションズ、 2007年)、『アシッド・フォーク』(シンコーミュージック・エンタテイメント、2009年)、他多数。 また、2017年はアンディ・ウォーホル/ジェラード・マランガのアートブック『Screen Tests / A Diary』の復刻とテキスト執筆に尽力した。

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