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リューベン・オストルンド監督 『ザ・スクエアー思いやりの聖域ー』
2018.4.28 –

Written by 藤原えりみ|2018.5.17

「思いやりの聖域」を必要とする社会とは。映画「ザ・スクエア」がえぐりだす現代社会の闇。

 現代美術館のチーフ・キュレーター、クリスティアン。インタヴュー取材で、美術館ウェブサイトに掲載された「展示/非展示」「場所/非場所における公共性の構築」等々の意味を問われ、答えに詰まる。かろうじてその場を切り抜けるものの、映画開始早々から現代美術界独特の難解な特殊用語が全面展開。取材する側とされる側のちぐはぐなやり取りに、曰く言い難い不穏な気配が滲み出す。

 それは、美術館前庭に設置されたブロンズ製騎馬像の撤去作業シーンでさらに濃厚になる。18世紀か19世紀頃に制作されたとおぼしき(おそらく国王の)騎馬像がクレーンから落下。台座に衝突して、ものの見事に砕けてしまう。観ている方はあっけに取られるのだが、映画の中では誰も動じず。過去の権力の象徴などもはや用済みということなのだろう。だが、このアクシデントにもなにやら不吉な予兆が漂う。

 その跡に出現するのが、かつての権力に取って代わる新しい文化装置。光る素材で囲われた正方形の、映画のタイトルでもある、「ザ・スクエア」という現代美術作品だ。そこには、『「ザ・スクエア」は信頼と思いやりの聖域です。この中では、誰もが平等の権利と義務を持ちます。』という銘板が添えられている。この正方形の中に入った人は誰もが助けを求める権利を持ち、人々は助けをさしのべなければならないという、連帯精神に訴える参加型作品である。

© 2017 Plattform Prodtion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 高度な福祉社会として知られるスカンジナビア諸国でも、貧富の格差と移民問題は拡大化しつつある。リューベン・オストルンド監督は友人とともに、他者に対する無関心(傍観者効果)が浸透する社会に対して働きかけられる、横断歩道のようにそこにあるだけで人々が一定のルールを守れるシンボルをつくれないかと考えた。そして、2015年にスウェーデン南部の街ベーナムーの美術館に作品を展示。それが「ザ・スクエア」なのだ。映画の中の架空の作品ではなく、実在の作品であることが、この映画に独特のリアリティを与えている(その後、「ザ・スクエア」はベーナムーの街の広場に移設され、他にもスウェーデン国内の2カ所に設置されているという)。

 だが、物語の展開は残酷だ。「ザ・スクエア」を核とする企画展準備中のクリスティアンは、財布とスマホを盗まれたことをきっかけに、彼の信条である「人間相互の信頼の再構築」とは正反対の行動に走ってしまう。そして彼の不注意からPR会社が製作した展覧会の宣伝映像がYouTubeで大炎上。窮地に追い込まれれば追い込まれるほど、彼は「なぜ権力はセクシーだと認めたくない?」「表現の自由は侵してはならない」等々、思考のマンネリズムに陥り、場当たり的な子供じみた発言をしてしまう。

だが、彼だけではない。この映画の登場人物のほとんどがどこかバランスを欠いている。盗まれた財布とスマホを取り戻すべく脅迫状を書くように勧めるアシスタント、突然怒鳴りだす美術館のレストラン・シェフ、チンバンジーと暮らすアメリカ人ジャーナリスト、宣伝映像の炎上を楽しむ美術館広報部やPR会社の担当者たち、「謝れ」と執拗にクリスティアンを追い回す少年。その極めつけが、猿を演じるパフォーマンス・アーティストのオレグ登場のシーンだ。理事会のガラ・ディナーの余興として「文明の中に紛れ込んだ野生」の象徴であるオレグの振る舞いを楽しむはずが、彼の暴走により暴力沙汰へと発展。美術館を支える裕福な上層階級の人々も一皮むけば……という人間の暗部が暴き立てられる。

© 2017 Plattform Prodtion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

 ドタバタ悲喜劇的な高速展開で、「寛容と連帯」どころか「不寛容と人間不信」にたっぷりとブラックユーモアがまぶされた151分。次々と繰り出される、個人の信条と行動の乖離、悪意はないにもかかわらず偶然の連鎖により他者を傷つけてしまう人間の本性、「現代美術」という文化領域に潜む権威主義と欺瞞を、どう受け止めるかは観る人次第だろう。そして、正面のファサードに掛かる美術館名バナーの「X-ROYAL」の意味はおそらく「Ex-ROYAL」。つまり王権が消滅した後の架空のスウェーデンの美術館という設定だろうか……。現実のスウェーデンは立憲君主国家であり、美術館の建物は現在でも王宮として使用されているストックホルム宮殿。となると、そこに出現する現代美術という文化装置が新たな権威(権力)になり得る可能性さえ、用意周到に暗示されていることになる。複雑な余韻を残す、陰影に富む作品である。

INFORMATION

『ザ・スクエアー思いやりの聖域ー』

監督:リューベン・オストルンド
出演:クレス・バング、エリザベス・モス他
2017年 / 151分 / スウェーデン、ドイツ、フランス、デンマーク合作
www.transformer.co.jp/m/thesquare/
2018年4月28日公開 ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ他にて絶賛上映中!
© 2017 Plattform Prodtion AB / Société Parisienne de Production / Essential Filmproduktion GmbH / Coproduction Office ApS

WRITER PROFILE

Erimi Fujiwara藤原えりみ
藤原えりみ Erimi Fujihara

美術ジャーナリスト。東京芸術大学大学院美術研究科修了(専攻/美学)。女子美術大学・東京藝術大学・國學院大学非常勤講師。著書『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)。共著に『西洋美術館』『週刊美術館』(小学館)、『ヌードの美術史』(美術出版社)、『現代アートがわかる本』(洋泉社)など。訳書に、C・グルー『都市空間の芸術』(鹿島出版会)、M・ケンプ『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(大月書店)、C・フリーランド『でも、これがアートなの?』(ブリュッケ)など。

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