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Hara X mama!milk 3つのコンサート
原美術館の朝、黄昏、夜。
コンサートフィルム配信 2020.9.18 – 10.2

Written by 三田村光土里|2020.10.14

時空を旅する装置 『Hara X mama!milk 3つのコンサート』 

 

白い回廊の逆光に浮かび上がる、アコーディオンとコントラバスを構えた男女。息をするように、音が静かに空間へと送り出される。モノクロの印画紙に焼き付けられたシルエットが、現像液の中で徐々に輪郭を現すのを確認するようだ。

『Hara X mama!milk 3つのコンサート』と題された映像は、原美術館の空間で、インストゥルメンタル・ユニット、mama!milkのパフォーマンスが「朝、黄昏、夜」の時間の流れに沿って収められたコンサートフィルムだ。クラシック、ラテン、ジャズ、モダンから現代まで、多彩な由来の音楽原子がmama!milk によって唯一無二に結合し、空間の記憶を呼び覚ますように奏でられる。

 

 

「I. 朝のコンサート」の始まりの曲、“Parade”は、のんびりと目覚める休日の朝のテンポを、音で再現するかのようだ。四拍子のリズムが少しずつ加速すると、繰り返されるリフが徐々に回転数を上げ、ゆっくりと列車が走り出すように一日が始まる。

続く“Untitled Pizzicato in Em”と、 フルートを加えた“the moon”では、コントラバスのゆったりしたピチカートが、ヨーロッパで過ごした夏のうたた寝へと誘う。白ワインで微睡んだ、グラン・カナリア島のシエスタの静けさや、自然の中にただ横たわり、何もせずに過ごすフィンランド人の休日など。

やがておもむろに起き上がり、口笛を吹きながら公園へ散歩に出かけるように、“Parade,Waltz”で朝のコンサートが終わる。

 

 

「II. 黄昏のコンサート」では、美術館を守る木々や、庭に降り注ぐ木漏れ日を見上げ、美しい円形の窓際で“waltz for Hapone”を眺める。転調と上り下りの多い旋律が、絡み合う日常の心模様を表情豊かに奏でていく。

屋上に場所を変え、私にとって特別な曲、“an Ode”が始まる。mama!milkのライブで初めて“an Ode”を聴いたとき、訳もなく、人生の最期でこの曲が流れるのを妄想した。

しかし、この日の“an Ode”はいつもと様子が違う。周辺の高層ビルの、ざらついた絵柄を背景に、コントラバスが低く唸り始め、どこか虚しくハーモニカが響く様は、乾いた白昼夢を演じるシュルレアリスムの絵を観るようだ。ハーモニカの音に重なる、もうひとつのハーモニカのアコーディオンが、少し離れた背後の棟に、女神像がそびえ建つように現れると、不穏な気配に胸騒ぎを覚え、程なくして電車らしき人工的な騒音が、懸命に奏でる音を覆い隠してしまう。

屋内に戻って、明り窓の光が螺旋階段を黄昏に染め、ひたむきに音を鳴らす楽器の動作だけが映し出される。現実の無情を憂うかのような“Charade”が、つかの間の切なさと心細さを愛おしむように包んでくれる。

 

 

「黄昏」から続く螺旋階段の、仄暗い段上から「III. 夜のコンサート」は始まる。アコーディオンを携えた細い身体が、一段、また一段と下りるごとに、蛇腹の鞴(ふいご)が途切れ途切れに音節を吐き出すと、さっき喧騒にかき消されたはずの“an Ode”のメロディが、ゆっくり、ゆっくりと繋がって息を吹き返す。今際の際に、今世の思い出を一つ一つ振り返るように気持ちが揺れ、自然と涙が流れてくる。

もちろん、まだ始まったばかりの夜を終焉の感傷で終わらせてはくれない。打って変わって“Veludo”は、一筋縄に行かない人生の機微を刻みつけるような、ボレロのリズムとラストに向かう強気のクレッシェンドで、「まだまだ歩きなさい」と言わんばかりに、私の腕をつかんで人の往来に引き戻す。

 

 

夜の帳が下りれば、いよいよmama!milkらしく、夜光性の音色が艶めきを増す。“永遠のワルツ Eien no waltz”と “Tango al fine”では、巧みな緩急と強弱が、逃れられない宿命や、酔いに任せた愚かで滑稽な過去をなぞり、いつしか窓外は、妖艶な光彩で塗られている。

過去の悪酔いを醒ますために、バッハの“6. Klein Präluden No.2”で冷静さを取り戻した後は、大きなコントラバスと小さなカヴァキーニョが、ちょっと歪に弦を爪弾く“Um Manhã Pescador”で寝息を立てる。そしてアコーディオンが情感たっぷりに唱う“ao”で夜更けに目覚め、さらに深まる夜の底で“Kujaku”が覚醒する。鉄琴の尖った金属音のせいか、規則正しく楽器を操る影が、幻灯機の映し出す不思議な映画のようで、音楽を製造する機械のムーブメントを空想する。

 

 

次の“Sanctuary”にたどり着くと、リズムもメロディもそぎ落とされ、解放された音が祈るように重なり合う。振り鐘の音が蝋燭の炎のように揺れ、全てを終えて、元ある場所へ還る時が近づいていると知る。

そして最後のワルツ、 “your voice”。 視界の中で次第に小さくなりながら、コントラバスと2台のアコーディオンを乗せた『Hara X mama!milk』という時空を旅する装置は、無重力空間で巨大なスペースシップから切り離され、違う次元の彼方へと遠ざかって行った。

 

 

こうして「朝、黄昏、夜」の3つのコンサートの時間が終わった。それは長い一日のようでもあり、短い一生のようでもあった。

思いがけない出来事に翻弄され続けた今年も、気がつけば暮れようとしている。時間を愛し、慈しもう。どんな一年も瞬く間に去って行くけれど、大切に過ごす一日は、案外と長く側にいてくれる。

 

INFORMATION

Hara X mama!milk 3つのコンサート 原美術館の朝、黄昏、夜。

主催:株式会社イトウ音楽社、原美術館
監督:古木洋平 ( cogi film )
音楽:mama!milk
演奏:生駒祐子、曽我大穂、清水恒輔

WRITER PROFILE

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三田村光土里 Midori Mitamura

1964年愛知県生まれ 東京在住 写真、映像、音楽、言語、偶然に見つけたものなど、フィールドワークを通して集められた様々な素材を組み合わせたインスタレーションを国内外で発表。誰もが日常生活に抱える不器用で愛しい感情の痕跡を比喩的に視覚化する。 主な個展に「Art & Breakfast ラス・パルマス・デ・グラン・カナリア」(CAAM – Atlantic Center of Modern Art(スペイン、2017年)、「Green on the Mountain」(ウィーン分離派館・セセッション、オーストリア、2006年)、「あいちトリエンナーレ2016」(愛知芸術文化センター、2016年)参加

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