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『精神0』
想田和弘監督・製作・撮影・編集

Written by 福嶋真砂代|2020.5.7

©2020 Laboratory X, Inc

 

たまにゼロにもどる時間を持つ

 

新型コロナウイルスの影響下、多くの新作映画の公開のメドが立たず、立ち往生している。このままでは映画館や映画という文化が廃れてしまう。そんな危機感が渦巻くなか、想田和弘監督の新作『精神0(ゼロ)』が「仮設の映画館」(temporary-cinema.jp)にてデジタル配信されることが決定した(劇場公開を予定していた5月2日より)。初めて耳にする「仮設の映画館」とは、その名の通り、インターネット上に“仮設的に”作られた映画館だ。観客は鑑賞料金を払い、自分の好きな映画館を選んで作品を鑑賞する。料金は、劇場、配給会社、製作者に分配されるという画期的な仕組みだ。想田監督と配給会社東風が立ち上げ、東風含め6つの配給会社、10作品47映画館の参加が決まり(5/1現在は7つの配給会社と11作品55映画館)、4月25日にオープンした。想田は「これはあくまでも映画館に生き残ってもらうための緊急的な試みで、収束後にはまた映画館でワイワイガヤガヤ集いたい」と希望している。

 

©2020 Laboratory X, Inc

 

さて『精神0』は、「事前リサーチは行わない」や「台本は書かない」または「原則カメラは僕が回す」等々、「観察映画の十戒」と名付けられた独自のドキュメンタリー手法で撮る「観察映画」の第9弾。舞台は第2弾『精神』(08)の舞台となった精神科診療所「こらーる岡山」で、主宰していた山本昌知医師が引退するという知らせを受けた想田が、岡山に駆けつけカメラを回した。前半では引退前の山本医師、後半では引退後の山本さんと妻の芳子さんが主人公になる。『精神』の撮影で出会った10年前から「いつか山本先生のドキュメンタリーを撮りたいね」と、プロデューサーの柏木規与子と話していたという。なにが魅力だったのか。それは山本先生の不思議な人間力。『精神』撮影時に患者さんのプライバシーに関わる問題が起きたが、撮影を阻止するどころか「みんなで乗り越えましょう」と多大なサポートをしてくれた。それはまさに精神医療の進歩を願う勇敢な決断。「だけどいったいこの人は何者なんだろう?」と山本先生への興味が募った。そして最高のタイミングに居合わせ、撮影が実現した。

 

©2020 Laboratory X, Inc

 

ところで、タイトルにある「0(ゼロ)」とは何を意味するのだろう? それは映画の冒頭に語られる山本先生の言葉、「ゼロに身を置く」から来ている。「ゼロに身を置くとはどういうことですか?」とひとりの患者さんが問う。「すべての人にとって必要な言葉、患者さん、芳子さん(山本の妻)、あるいは先生ご自身にとっても」と過日のスカイプインタビューで想田が語ってくれた。ふと「本当は想田さんにいちばん響いてませんか?」と聞くと「まあそうかも……」と。その真意は映画の後半にある。カメラは診療所を出て、次は「仕事一筋」で生きてきた山本さんの引退後を追っていく。かなりの“仕事人間”であることを自ら認める想田のアンテナは敏感に反応する。共鳴しながらも、想田はある重大なことに気づいたという。プロデューサーとして「観察映画」をサポートしてきた妻の柏木の存在の大きさだ。柏木さんが時に入れる絶妙なツッコミ、猫たちとともに映画にユーモアと丸みを与え、作品ファンにはおなじみのキャラクターだ。想田作品は同時に柏木作品でもあるのだ。一方、山本先生には芳子さんがいて、彼女が家庭を守ったからこそ、夫は存分に精神医療に打ち込めたというエビデンスが意外な形で明かされる。

 

©2020 Laboratory X, Inc

 

夫婦を映しつつ、想田のカメラはしだいに芳子さんに惹きつけられる。そこに10年前に想田が撮っていた芳子さんのフラッシュバック映像がインサートされ、認知症を患ういまの芳子さんとは違う「もうひとりの芳子さん」が現れる。時の経過の残酷さを思わず想田に伝えると、想田は「そのとおり、人間が老いて死を迎えることは“残酷”なことで、結局は誰も逃れられない。これが人間にとっていちばんの“苦”であり、生きていく最大のテーマなのだと思う」と話した。

墓まいりの坂道に、ふたつのシルエットが寄り添う。想田が「撮りながら感無量になった」という圧巻のシーンがやってくる。その瞬間の尊さと、切なさ。ここに凝縮される「人生」を思う。「期せずして“純愛物語”になった」と想田が紹介するとおり、優しく心に沁みるドキュメンタリーだ(第70回ベルリン国際映画祭フォーラム部門 エキュメニカル審査員受賞)。まずは「仮設の映画館」に、そしていつか大きなスクリーンにも会いに行こう。

―――

想田和弘監督+柏木規与子(製作)インタビュー

http://realtokyocinema.hatenadiary.com/

 

 

INFORMATION

精神0

監督・製作・撮影・編集:想田和弘
製作:柏木規与子
配給:東風
2020年 日本/米国 カラー&白黒 128分
©2020 Laboratory X, Inc

WRITER PROFILE

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福嶋真砂代 Masayo Fukushima

旧Realtokyoでは2005年より映画レビューやインタビュー記事を寄稿。1998~2008年『ほぼ日刊イトイ新聞』にて『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』などのコラムを執筆。2009年には黒沢清、諏訪敦彦、三木聡監督を招いたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」MCを務めた。航空会社、IT研究所、宇宙業界を放浪した後ライターに。現在「めぐりあいJAXA」チームメンバーでもある。

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