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EXHIBITION

橋本晶子「It’s soon. 」
Little Barrel Project Room 2018.3.11 − 3.28

Written by 坂口千秋|2018.4.24

Akiko Hashimoto  It’s soon.

「あの小説の中で集まろう」という謎めいた誘いにのって、大森駅北口から数分の古いマンションの一室を訪ねた。10Fの1018号室。ワンルームを区切った四角い小さな空間は、天井から下がったLED電球の光でうっすら青白く満たされている。奥に続く開口部にドアはなく、柄入りのレースのカーテンがかかっていて、カーテン越しに壁付照明の黄色い光源がぼんやり見える。振り返ると壁の少し高いところに小さな丸い鏡があり、ある角度から覗くと部屋の一部が映り込むようになっている。四方の壁に、モノクロームの鉛筆画が数点展示されている。

その絵は上部にたっぷり余白を残して描かれている。すこし厚みのある色の違う2枚の皿が、重ねられてテーブルから半分せり出して置かれている。今にもひっくり返りそうにも、ぎりぎりバランスを保っているようにも見えるが、絵の左側は余白で垂直に断ち切られている。ドローイングは2本の釘の上に立てかけられ、紙のたわみで落ちた影が、描かれた皿の影とひと続きに見える。絵の中の空間がこちら側に溶け出してくる。

Akiko Hashimoto  It’s soon.

別の壁にはちいさなトリプティーク。額縁に入った鳥の絵と百合の花の絵は、どちらも部分的に描かれている。もう一枚の暗闇に浮かぶ月の絵は、四角いイメージの下縁に薄く影が描かれ、つまりこれは月の絵ではなくて月の絵のある壁を描いた絵なのだとわかる。どれも具体的なモチーフを描いているようで、実は絵のある空間を、あるいは壁を描いているようにも見えてくる。

足りない部分を補うために、人は想像力を使うのだろう。橋本晶子の描くモチーフは、いつもどこかが欠けている。そのために、見る側はいっそう余白に見入ってしまう。絵のモチーフ、大きさ、配置、切り取り方を慎重に選び、絵とこちらの空間を同期させようとする彼女の試みは、光や気配、反射、音、見る側の知覚や心理といった空間を構成するさまざまな要素を思い起こさせる。そうしてありきたりの空間に潜む複雑怪奇さが、予兆的なイメージとともに浮上してくるのだ。

絵を見ていた同じ視線で再び部屋全体を眺めると、これが入れ子状の空間であったことにようやく気がつく。空間を塞いでいた壁は絵の奥へ消失し、ワンルームのボリュームはもはや制限を持たない。「風景を持ち帰ってほしい」と彼女は言ったけれど、もはや絵と壁はひと続きだ。だからそれってつまり、壁ごと持って帰ってくれということなのか。

これは、インディペンデントキュレーターの水田紗弥子が企画する「あの小説の中で集まろう」という展覧会シリーズの3回目だ。マンションのワンルームのさらにその中の、1方丈にも満たない小さな空間で、さまざまな物語が繰り広げられていく。東京のアートシーンはますます細分化しているけれど、ここでは小さなことを大きく見せようとしない。かといって遁走でもない。小さなことが小さなまま無限に広がる自由を探求する、都市生活者の軽やかな実践なのだ。

10階の窓から見下ろすと、JRの線路が何重にも走っているのが見える。次にこの場所にやってくる作家は、車窓を撮り続ける大洲大作。小さな一室を舞台にした幻想短編小説のようなシリーズの続きが楽しみだ。

 

 

 

INFORMATION

橋本晶子 「It’s soon. 」

2018年3月11日ー3月28日
Little Barrel Project Room

WRITER PROFILE

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坂口千秋 Chiaki Sakaguchi

アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。

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