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EXHIBITION

音と造形のレゾナンス-バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振
川崎市岡本太郎美術館 2020.6.2-7.12

Written by 飯島雄太郎|2020.7.3

太陽の塔についての展示が並ぶ、産道のような廊下を抜けると、そこには扇形の展示室が広がっており、壁際のいたるところに縦横2メートルはあろうかという巨大な鉄製のオブジェが並んでいる。寝ぐせの髪の毛のように縦横無尽に伸びる金属の棒に、花びらのように丸められた鉄板。見知らぬ国の見知らぬ神様のようですらあるそのオブジェを初見で楽器だと言い当てる人はなかなかいないだろう。けれどもそれは楽器であり、それこそが本展の目玉であるバシェ兄弟の音響彫刻である。

バシェと言ってピンとくる方もあまりいないのではないかと思う。かく言う筆者もそうだった。バシェの名前自体はチラシなどで目にすることもあったが、作品に触れるのは今回の展示がはじめての機会だった。バシェ兄弟、つまりフランソワ・バシェとベルナール・バシェの二人は対独レジスタンスに参加したのちに、「何か美しいこと、好きなこと、他の人々が楽しんでくれること」がしたいと音響彫刻の制作に従事するようになったという。はじめての作品が風船でできたギターだったという点に、バシェ作品の親しみやすさがすでに表れている。

二人の作品が国内の観客に目に触れるのは1970年、大阪万博のときのことだ。鉄鋼館のプロデューサー、武満徹が招聘したのである。バシェたちは大阪に4カ月間滞在し17基の音響彫刻を制作した。そして2009年、EXPO’70パビリオンのオープンの際に作品が発見され、修復されることとなった。本展で展示されているのはそうして修復された5基の音響彫刻である。では50年ぶりに復活を遂げた音響彫刻とはどのようなものなのだろうか。

まずその形についてだが、冒頭でも述べたように、金属板と金属棒の組み合わせからなる。5基それぞれユニークな形をしているがいずれも子どもの落書きをそのまま形にしたかのようなユーモアを湛えている。次いで音についてだが基本的には叩いて音を出す。またクリスタル・バシェといって濡れた指でこすると音がする特別な機構を備えたものもある。前者からは鐘のような、後者からはシンサイザーのような浮遊感のある音を聞くことができる。どちらも残響の豊かさが印象的である(注1)。

音と形に加えて、もう一点音響彫刻の特徴として観客の参加を促すという点が挙げられる。バシェは誰にでも演奏できることを自身の作品の特徴として掲げ、コンサートの後に観客に音響彫刻を演奏させたり、展覧会では観客に作品に触れるよう促したりしたという。事実、音響彫刻には複雑なテクノロジーは使われておらず、音を出すだけならば素人でもできる。今でこそパソコン一台あれば作曲できるが、当時はまだシンセサイザーがようやく一般に普及しはじめた頃だったことを思えば、音響彫刻のような複雑な音を素人が自在に奏でられるというのは画期的なことだったのではないだろうか。

観客とのコミュニケーションを志向するこうした特徴から思い浮かべたのはエリカ・フィッシャー=リヒテがパフォーマンス的転回と呼ぶ60年代以降の現代芸術の傾向である(注2)。60年代以降、現代芸術の諸分野において、観客と演者の固定的な関係を揺るがすような作品が登場する。たとえば1966年に初演されたペーター・ハントケの『観客罵倒』である。この舞台において、役者はなんらかの虚構の世界を表象するのではなく、悪口を言うことによって直接観客に語り掛ける。そこには観客と舞台を隔てる「第四の壁」は存在しない。もちろん演劇と音響彫刻では一緒くたにはできないし、バシェの作品はハントケのようには挑発的ではない。しかし楽器としても使える作品を彫刻として提示し、観客に触れるように求めた点において、バシェもまた従来の静的な芸術受容のあり方に変革を起こそうとしたのだと言うことができるだろう。そう考えたとき、本展で音響彫刻に触れることができないのは、いくらか残念ではある(注3)。もちろん作品の保全を考えるならば仕方のないことではあるのだが。そもそも観客の参加を促しながらも、保全を必要とする一点物の彫刻でもあるという点に音響彫刻の限界があったとも言えるのかもしれない(注4)。今回展示されたバシェの音響彫刻はいずれも一点物であり、大阪万博の資料としての性格も備えている。歴史の経過がバシェの作品を気軽に触れないものにしてしまったのだ。

もっとも筆者の抱いたような不満も展覧会側としては計算済みのものだっただろう。本展には岡本太郎による『梵鐘・歓喜』も展示され、来場者が実際に打ち鳴らすことができるようにセッティングされていた。しかしコロナウィルス禍の渦中にあってはそれも難しい。現在、鐘撞は中止されている。考えてみれば大衆参加をテーマのひとつに掲げる本展の会期中にコロナウィルス禍が起こった、というのはなんとも皮肉な事態である。私たちは今や消毒液による殺菌なしではおいそれと「もの」に触れることもできない。しかし触れるとはもっと人間的な営みだったはずなのだ。バシェが音響彫刻を通じてもたらそうとしたものもまた、ものに触れるプリミティブな喜びだったのではないだろうか。思わず触りたくなるような人懐っこい形態のバシェの音響彫刻はそのことを静かに訴えているようにも思われた。

1) もっとも音響彫刻の概要に関しては美術館のサイトを見ていただくのが早い。またYou TubeでCristal Baschetと検索すればその魅惑的な音色をたっぷりと堪能できる。
2) エリカ・フィッシャー=リヒテ(中島裕昭・平田栄一朗・寺尾格・三輪玲子・四ツ谷亮子・萩原健訳)『パフォーマンスの美学』(論創社 2009)
3) もっとも本展では音響彫刻の音がBGMとして鳴っており、雰囲気を体感できるように配慮されている。
4) 芸術を大衆のもとへと開くという点では、バシェの教育者としての側面に関心をそそられた。展覧会パンフレットによれば、バシェは80年代以降、「教育器具 Pedagogical Instrumentarium」という名前の音楽教育用の楽器を考案したのみならず、楽器の原理についての本を著し、楽器自作用のキットをデザインしたという。こうした教育方面の仕事にこそ、大衆参加を唱えた芸術家としてのバシェの本領はあったのではないだろうか。

INFORMATION

音と造形のレゾナンス-バシェ音響彫刻と岡本太郎の共振

会期: 2020年06月02日 (火)-2020年07月12日 (日)
開館時間: 9:30~17:00(入館16:30まで)
休館日: 月曜日(5月4日を除く)、5月7日(木)、5月8日(金)
観覧料: 一般900(720)円、高・大学生・65歳以上700(560)円、中学生以下は無料 ※( )内は20名以上の団体料金
主催: 川崎市岡本太郎美術館
後援: 在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、公益財団法人日仏会館
企画協力: バシェ協会

WRITER PROFILE

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飯島雄太郎 Yutaro Iijima

1987年生。ドイツ語圏文学翻訳者。出版社勤務を経て、現在京都大学文学研究科博士後期課程在籍。翻訳にトーマス・ベルンハルト『アムラス』(初見基と共訳、 河出書房新社) ほか。

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