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EXHIBITION

ケリス・ウィン・エヴァンス 草月会館1F 草月プラザ 石庭「天国」
2018.4.13―4.25

Written by 松井みどり|2018.6.1

Cerith Wyn Evans, installation view at indoor stone garden “Heaven,” The Sogetsu Kaikan, Tokyo, April 13 – 25, 2018. Courtesy of Taka Ishii Gallery. Photo: Kenji Takahashi

幻影と実像のダンス:ケリス・ウィン・エヴァンス

ケリス・ウィン・エヴァンスによる草月会館1階の草月プラザにおける彫刻インスタレーションは、既存の建築的構造に、シンプルな追加を行うだけで、人が通り過ぎるエントランス付近のスペースを、感覚的快楽の解放と精神的瞑想の場へと変貌させた。
ウィン・エヴァンスの仕事は、丹下健三設計の草月会館内に創られたイサム・ノグチ作の石庭『天国』に、3本の光の柱――豆電球によってその表層を覆われた――と数本の松の木を置くことだけだった。しかし、光の柱は、床と天井を繋ぐその垂直の線がもたらす力強さの印象や、柱と柱の間にたっぷり取られた空のスペースによって、古代の神殿における祈りの場や、神事から発達した舞劇である能のような演劇的行為が行われる場を示唆していた。展覧会のオープニングの夜は、実際に、能楽師による能『井筒』から、在原の業平の妻の亡霊が、亡き夫を偲んで、男性の装束で舞う場面が演じられた。その、女性による男性の擬態を通した恋しい者との一体化の儀式は、男と女、あの世とこの世のような正反対の二者を結びつける能の楽曲の象徴的働きと、天と地を結ぶ柱の機能との間の根本的な類推関係を観客に意識させた。

能「井筒」シテ山階彌右衛門 笛寺井宏明 地謡観世芳伸武田祥照 草月会館1F石庭「天国」(東 京) 2018年4月12日
Courtesy of the artists and Taka Ishii Gallery. Photo: Kenji Takahashi

特別な催し物のない日の昼に訪れても、ウィン・エヴァンスのインスタレーションは、その物理的構造と感覚的効果によって、柱と床を基調にする日本建築の基本構造との親和性や、「開かれた」建築スペースの流動性を意識させた。石庭の高い場所に立つと、光の柱が、建物の透明なガラスの壁や、金属の柱の面や、手水の水の表面に、いくつもの反映を作るのが見えた。柱が、天井から釣られて小刻みに揺らぐのと、その電球の点灯が、柱から柱へと移動するために、光の柱の反映は、予期しない場所に現れたり消えたりする。その反映は、晴天の日には、玄関正面前の道路を走る自動車や崖の緑に重なりながら屋外の風景を屋内に引き寄せ、雨の日や夕暮れ時には、陰っていく木々の葉陰や、レストランの窓など、様々な場所に、狐火のような金の柱として現れ、霊界への入り口を照らし出すように観客を誘う。そのような幻と対峙すると、観客は、感覚的現実として存在する現象の強さを感じ、その現象が呼び起こす連想の広がりの中で、自分が、「今ここ」の時空にいながら、彼方の世界と繫がっているという実感を得る。同時に、透明なガラスによって造り出される反映の虚像と光の柱の実像の戯れは、ガラスの壁を感覚的に消滅させ、インスタレーションスペースが建物の境界を越えて、無限に広がっていくようにも感じさせる。その流動化された空間の印象は、反映とともに、柱の原型的構造がその周りに展開させる特殊な「場」の感覚によって支えられている。

ウィン・エヴァンスが誘い出した流動的な場の構造は、前衛建築運動メタボリズムの中心メンバー菊竹清訓が1968年の著書『代謝芸術論』の中で指摘した、柱の機能的精神的役割を思い出させる。菊竹は、彼の目指す代謝的建築のモデルを、古代日本の神殿建築を原型とする、床と柱を基調とする建築構造に求めた。特に、柱は、小宇宙のような枝葉と地下の根を繋げる木の幹の緊張感を体現し、幹と同様に、その周囲に「場」をつくる。それは、人に空間の「場」を明確に意識させるとともに、「人が空間の中で何かを打ち立てる『力』を体現する。」という。そして、空間の機能を限定せず、使う人にその機能を発見させる代謝建築の「かたち」とは、自然の法則を反映しながらも、五感では捉えきれない何かに外的表現を与えようとするものであるという。
ウィン・エヴァンスのインスタレーションも、目に見えないものに形を与え、自然と人の営みを、柱の周りに展開する空間を通して結びつけようとする。そこでは、観客が空間の劇的変化を媒介する行為者として呼び出される。そのシンプルな身振りのような彫刻的仕掛けは、ノグチの石庭や、草月ホールの建築にも、日本の原型的建築構造の応用があったことを示唆し、そうした過去の文化的文脈の組み入れと、観客の感覚の拡張に、作家の狙いがあることを明示した。

INFORMATION

ケリス・ウィン・エヴァンス

2018年4月13日―4月25日
草月会館1F 草月プラザ 石庭「天国」

WRITER PROFILE

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松井みどり Midori Matsui

美術評論家。東京大学大学院英米文学博士課程満期退学、プリンストン大学より比較文学の博士号取得。国内外の美術学術誌や企画展カタログに同時代の日本や英米の現代美術の潮流や作家について論文を寄稿。執筆カタログは、『Super Rat: Chim↑Pom』(パルコ出版., 2012); 『Ryan Gander: Catalogue Raisonnable』Vol. 1 (フランコ・フィッツパトリック出版, 2010); 『Ice Cream』(ファイドン, 2007);『Little Boy: the Art of Japan’s Exploding Subculture』(ジャパン・ソサエティ、エール大学出版部, 2005)。著書に『芸術が終わった後のアート』(朝日出版、2002)『マイクロポップの時代:夏への扉』(2007年、水戸芸術館)、『ウィンタ−ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開』(2009年、原美術館)。多摩美術大学非常勤講師。

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