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EXHIBITION

磯谷博史 「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」
2021.9.9 – 10.16
SCAI PIRAMIDE

Written by 豊田佳子|2021.12.3

磯谷博史《活性》2021、H 25×W 25×D 25cm、原始の土器片 (3500-2500 BCE)、粘土 撮影:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE

 

磯谷博史のこれまでの集大成となる個展「『さあ、もう行きなさい』鳥は言う『真実も度を越すと人間には耐えられないから』」が、SCAIの企画展スペースとして今年6月六本木にオープンしたSCAI PIRAMIDEで9月9日から10月16日まで開催されていた。展覧会は、写真、彫刻、インスタレーションと様々な表現方法を用いた作品が配置され、建築に近い空間メディアに作り上げられていた。

磯谷は大学で建築を学んだバックグラウンドを持つ。建築を学ぼうと思ったのは、バウハウスの総合芸術を目指すカリキュラムに共感したからという。大学の建築学科では、設計をする際に図面やドローイングを描いたり、模型、映像を作ったりする多面的なプレゼンテーション方法を学び、それが現在の表現方法につながっている。

 

メイン展示室の壁面に設置されていたのは、磯谷が10年ほど取り組んでいる、日常の中で目に止まった現象や、少し手を加え作り出した風景を撮った写真を用いたシリーズである。撮りためた写真の中から選び作品化する際にイメージをセピア調に変換し、もともとあった色から特徴的な1色か2色をフレームに着色したこれらの作品は、写真を額装する通常のプロセスを逆転させ、額縁という彫刻的な立体物をまず制作してそこに写真を貼る順序で制作している。作品を鑑賞する上で我々は、色と形を組み立て直し、平面と立体の捉え方にについて再考察することを強いられる。床の所々に置かれた大きな作品では壁と床との間にニードルフェルトが挟まれ、斜めに立てかけられたフレームの裏側ではフェルトが弛んだ状態になっている。フェルトは作品の立体感を強調すると同時に、フレームの外側、または裏側へ鑑賞者の意識が向くように使われている。また、ヨゼフ・ボイスやロバート・モリスといったフェルトを用いたアートの先達たちへのオマージュも含んでいる。

磯谷博史「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」」(2021年)SCAI PIRAMIDE展示風景 撮影:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE

球体の作品《活性》(2021)は、約5000年前の縄文土器の破片を買い集め、さらに砕き泥状にしたものと現代の陶芸粘土を5対5で混ぜ合わせた素材で作られている。縄文土器の破片は古代の文化の一片である。それを壊し、現代の技術と手により時代や文化を攪拌するように作陶された。とはいえ、現代の粘土も地層から掘り出したものである。空洞になっている球体の内部には、2つの時代とその間を流れる時間が詰め込まれているようで、卵のような形はそこから何かが生まれ出てくることを予感させる。

磯谷博史《活性》2021、H 25×W 25×D 25cm、原始の土器片 (3500-2500 BCE)、粘土 撮影:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE

鈍い光を放つ作品《花と蜂、透過する履歴》(2018)は、素材が持つ時間の可視化を試みた作品である。ガラスの瓶を蜂蜜で満たしその中に夜釣りで使う集魚灯を入れている。蜂蜜の歴史は人類の歴史といわれるほど、太古から蜂蜜は人間の生活に密接していた。8000年前の壁画にはすでに人が蜂蜜を採取する様子が描かれているという。蜂蜜が不老不死の薬とされていたり蜜蜂が王家の紋章に用いられたりしているように、蜂蜜の作用や蜜蜂の生態に対し人々は神秘とパワーを感じてきた。蜂蜜を通して届く光はあたたかい赤色で、ゆっくりとした時間の流れを感じさせる。蜂が花に集まるように、魚が灯に集まるように、人々もこの灯りに引き寄せられる作品である。

磯谷博史《花と蜂、透過する履歴》2018、H 54×W 36×D 36cm、蜂蜜、集魚灯、ガラスのボトル 撮影:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE

展示室の中央部分には高さ30cmの台が設置され、その周りを巡るように動線が作られていた。《活性》と《花と蜂、透過する履歴》の2作品は、この台の上にそれぞれ3つずつ設置されていた。「それらの数を揃えることで、お互いの作品の共通項――素材に溶けている事物や有機物をタイムレスな幾何学形態におさめてしまうことなど――に観客の意識を促したかった」と磯谷は述べる。また、3つずつ並べることで、素材の密度を感じ、異なる角度から関係性を見る体験を可能にする。台の色は薄い褐色に塗られ、作品の有機的な素材感を強調しながら、セピアの写真や額に塗られた色と調和していた。

磯谷博史「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」」(2021年)SCAI PIRAMIDE展示風景 撮影:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE

奥の部屋には《同語反復と熱》(2021)がコーナーピースのように部屋の天井部分に設置されていた。建築用のLEDが光源となっていてその周りに熱を帯びたような赤い光が広がっている。LEDに繋がったチェーンは、光に集まる昆虫があらわされている。この作品は2013年に制作した《同語反復》が元になっているが、チェーンはそこでは昆虫たちの飛行の軌跡を表現するものとして用いられ、標本の昆虫が吊るされていた。昆虫は月の光と間違えて電灯の周りをくるくる飛ぶのだという。《同語反復》というタイトルは、意思に反して同じ行動を繰り返す様子から付けられた。新作では、チェーンに蛾の鱗粉を混ぜた蜜蝋が塗られ、見えない昆虫をそこに存在させていた。我々は、経済成長が唯一の正解だと信じて突き進んできたために、放射能やウイルスのような目に見えない脅威と共存していかなければならなくなった。人類が誕生するはるか前から存在していた昆虫は、どのように危機を乗り越え生き延びてきたのか。部屋の隅に展示することで、この作品が持つ背景や思考に空間的な広がりを持たせている。

磯谷博史《同語反復と熱》2021、H 62×W 82.5×D 5cm、LED ライト、チェーン、精製された蜜蝋、蛾の鱗粉 撮影:表恒匡 協力:SCAI THE BATHHOUSE

個展のタイトルは、T.S.エリオットが「時」をテーマに書いた詩「バーント・ノートン」から引用している。不安定な世の中で人々が求めるのは、わかりやすい正解である。しかし世の中は多様で複雑。たった一つの正解などはあり得ない。この一節は、真実を知り、正解を確信したい人間に対して、答えを出さず考えることを鳥が促している。エリオットはこうもいう。 「かくあったかもしれぬということは一つの抽象で、ただ思索の世界の中においてのみ 絶えざる可能性としてとどまるものなのだ。[i]」磯谷は、「たった〈一つ〉に向かう力学に選択肢を示すことが美術にできること」と考え、この展示で自身の視点を並べると同時に自由な発想や思考が入り込める抽象性を持たせた。鑑賞者が自身の記憶や経験と結び付け、独自の視線を注ぎ、「かくあったかもしれぬ」ことを考えることは、豊かな選択肢を導き出すのではないだろうか。

[i] 平井正穂・高松雄一編著(1985)『筑摩世界文學体系71 イェイツ エリオット オーデン』筑摩書房.より

 

 

INFORMATION

磯谷博史
「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」

会期:2021年9月9日 - 10月16日
会場:SCAI PIRAMIDE

WRITER PROFILE

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豊田佳子 Keiko Toyoda

資生堂ギャラリーディレクター/キュレーター 近年の企画にとして「第八次椿会 ツバキカイ8 このあたらしい世界」(2021)、「Surface and Custom」、「荒木悠 ニッポンノミヤゲ」(2019)、「蓮沼執太 ~ing」(2018)、「かみ コズミックワンダーと工藝ぱんくす舎」(2017)、「椿会展-初心- 赤瀬川原平、畠山直哉、内藤礼、伊藤存 青木陵子、島地保武」(2013~2017)など。

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