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弘前れんが倉庫美術館―見えないサイト&タイムスペシフィックな美術館

Written by ヴィヴィアン佐藤|2020.8.21

©Naoya Hatakeyama

2019年末から現在まで、世界中が新型コロナウイルス感染症の脅威に直面している。コロナは未知のウイルスで、その特徴や治療法は錯綜して専門家によって大きく分かれる。現在は正確な情報や対処法が不明な状態と言える。いわば目に見えないウイルスの恐怖が引き起こされている。

明治から大正期に弘前市吉野町のりんご園があった場所に、当時革新的だった純粋酵母釀法を研究していた実業家の福島籐助が日本酒造工場として煉瓦倉庫を建てた。自身の事業がたとえ失敗しても丈夫な煉瓦造であれば後世の人々にとって役立つと思ったからだ。倉庫内には発酵室や醸造庫が設けられた。そして戦後には別の実業家の吉井勇がフランスからシードルの技術を持ち込み、同地に朝日シードルを設立。その後、事業はニッカウヰスキーに継承され、煉瓦倉庫は1965年までニッカウヰスキー弘前工場として使用された。

その後1988年には吉野町煉瓦倉庫の文化的活用を求める市民活動が起き、煉瓦館再生の会が結成された。1991年、市内ではPRイベントとして「現代日本版画展」(池田満寿夫、横尾忠則、李禹煥、ジャスパー・ジョーンズ、棟方志功など約60点の作品展示)が行われた。

弘前市としては「吉野町緑地整備構想」を提案していたが、当時の倉庫持ち主との交渉が成立せず、煉瓦倉庫の取得を一時断念した。

2002年、当時の吉井酒造株式会社社長・吉井千代子の提案で、奈良美智は初めてこの倉庫内部を訪れ、それがきっかけとなり2002年、2005年、2006年に倉庫内で大規模な個展とグループ展を大成功させた。その収益金で奈良は白い犬の立体作品《A to Z Memorial Dog》をボランティアスタッフに感謝の意を込めて制作し、弘前市に寄贈した。その作品は現在弘前れんが倉庫美術館のエントランスに設置されている。弘前れんが倉庫美術館は、吉井酒造社長(当時)・吉井千代子がきっかけを作った三度の奈良美智展がなかったら実現しなかったであろう。

 

©Naoya Hatakeyama

奈良美智《A to Z Memorial Dog》2007年 ©Yoshitomo Nara Photo: Naoya Hatakeyama Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

この美術館は、「記憶の継承」と「風景創生」をコンセプトに、エストニア国立博物館の国際設計競技を勝ち取った建築家の田根剛が担当。新築でも増築でも改築でもない「延築」という考え方を提案し、過去と未来を繋いでいる。

美術館の特徴として、「サイト・スペシフィック(場所性)」の視点から、建築や地域に合わせたコミッション・ワークを目指し、また「タイム・スペシフィック(時間性)」の視点から、短期から長期まで個々の作品の展示期間は異なり、煉瓦倉庫の空間の可能性を最大限に生かした、異なるリズムを導入→期限を導入。開館記念展は『Thank You Memory ―醸造から創造へ―』(~9月22日)展だ。新型コロナウィルス感染症の影響により、グランドオープンは4月11日から7月11日に三ヶ月延期された。

 

潘逸舟《海で考える人》2016年 ©Ishu Han  Photo: Naoya Hatakeyama Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

グループ展の他に、「弘前エクスチェンジ」というユニークな試みがなされている。それは弘前所縁の作家などが、地域の伝統や歴史に着目し、調査や研究をし、トークやレクチャーなどのプログラムを展開し、地域(ローカル)と世界(グローバル)、作家と鑑賞者など様々な「エクスチェンジ=交換」がなされる実験的な場である。第一回参加者は、潘逸舟(ハン・イシュ)。幼少時代上海から弘前へ移り住み、「私の芸術が生まれた場所」と題した個展形式の展示は、潘の記憶や感情の層が作られている。

 

尹秀珍《ポータブル・シティ:弘前》2020年 ©Yin Xiuzhen Photo: Naoya Hatakeyama Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

そのほか尹秀珍、ジャン=ミシェル・オトニエル、笹本晃、畠山直哉、藤井光、奈良美智、ナウィン・ラワンチャイクンなど実に多彩な顔ぶれの8名が参加。制作は個々のアトリエで制作された作品を持ち運び展示するのではなく、何度も弘前に足を運び、地元の歴史や地域の人々との対話から制作され、煉瓦倉庫そのものから浮かび上がる固有性を作品化したものだ。

 

ナウィン・ラワンチャイクン《いのっちへの手紙》2020年 Photo: Naoya Hatakeyama Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

例えばナウィンは30名以上の弘前市民にインタビューをし、それを元に肖像画を地図のように集積させた絵画と映像作品を制作。尹は弘前市民から提供された100着の古着を使用し、スーツケース型の都市をいくつも再現。そして美術館壁面にはボタンで表された様々な都市がマッピングされ、それらが洋服のモチーフの糸によってもうひとつの壁に関係づけられる。いわば美術館の壁面を巨大な衣服に見立てているようだ。また、畠山と美術館ロゴを担当したグラフィックデザイナーの服部一成が、この煉瓦倉庫の様々な過去の側面をポスターにした作品を制作。過去の瞬間瞬間の記憶を現在の煉瓦倉庫の壁面に貼り付けることで、同じ場所の異なる時間を重層化させた。

このように歴史や記憶がすでに内在している空間で、サイト&タイムスペシフィックな視点からの作品制作と展示方法は他に類を見ないのではないか。しかしその美術展示の方法は多少演劇的で感傷的。モダニズム的な見方による作品自体の強度や純粋アートを求めるものではなく、演出が先だち鑑賞者の情動を煽動する空間であることは否めない。

もともと日本酒造工場であり、シードル製造をされていた煉瓦倉庫の内部には、発酵に用いられた多くの自然と人工の酵母がいたはずで、そのかつてそこに存在していた真菌類こそが、我々には見えないサイト&タイムスペシフィックの痕跡である。そして、この美術館の開館が見えないウイルスによって三ヶ月遅れたことも興味深い現実である。

INFORMATION

弘前れんが倉庫美術館

〒036-8188 青森県弘前市吉野町2-1
TEL:0172-32-8950
開館時間:9:00-17:00
休館日:火曜日 (祝日の場合は翌日に振替)、年末年始

WRITER PROFILE

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ヴィヴィアン佐藤 vivienne sato

美術家、文筆家、非建築家、ドラァグクイーン、プロモーター。ジャンルを横断していき独自の見解でアート、建築、映画、都市を分析。VANTANバンタンデザイン研究所で教鞭をもつ。青森県アートと地域の町興しアドバイザー。尾道観光大使。サンミュージック提携タレント。

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