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EXHIBITION

加藤泉―LIKE A ROLLING SNOWBALL
2019.8.10-2020.1.13 原美術館、ハラミュージアムアーク

Written by 木村絵理子|2019.12.13

Photo: Yusuke Sato / Courtesy of the artist and Hara Museum / ©️2019 Izumi Kato

今からちょうど一年前、品川の原美術館が閉館するという衝撃的な発表以来、同館の動向には、かつてない注目が集まっている。1979年に開館して以来約40年に渡り、現代美術専門の美術館として、意欲的な展覧会を開催してきた原美術館が、閉館に向けて何を見せてくれるのか。その期待を正面から受け止める展示が、現在開催中の加藤泉の個展「LIKE A ROLLING SNOWBALL」である。

本展は群馬県にあるハラ ミュージアム アークとの同時開催であり、ほぼ半年におよぶ非常に長い会期とともに、同館最大級の規模で開催される個展といえよう。同時に加藤にとってもまた、1990年代初頭の初期作品から最新作まで、さらには、ハラ ミュージアム アークの芝生で、加藤がメンバーの一人を務める覆面のアーティストたちによるバンドTHE TETORAPOTZの野外ライブも開催されるなど、間違いなく加藤の活動を網羅的に紹介する節目としての展覧会だ。

Photo: Yusuke Sato / Courtesy of the artist and Hara Museum / ©️2019 Izumi Kato

ハラ ミューアジム アークでは、1990年代初頭に制作された初期のペインティングから、近作の大規模な木彫が並ぶ。一方、原美術館では69点の新作が、中庭を囲んで緩やかなカーブを描く特徴的な展示空間の随所に配置され、加えて、窓から見える庭までをも余すところなく使い、ダイナミックで、かつ繊細な展示として展開する。

総じて加藤の作品は、原始的、未分化の生命体といった言葉で語られることが多いが、本展における新作は、剥き出しの力とは異なる次元での知的な構造物としての性格を強く感じさせる。上半身と下半身が別の作品と入れ替えられたパッチワークのような絵画やドローイング。異素材からなる、頭部と胴部がバラバラの動きをするかのように吊るされた人体像など、解体と再構成によって成立する作品群には、原初的なエネルギーというよりも、自作に対する博物学的探究ともいうべき好奇心が垣間見えるようである。

Photo: Yusuke Sato / Courtesy of the artist and Hara Museum / ©️2019 Izumi Kato

なかでも特筆すべきは、原美術館の2階、最奥の部屋で展開する特製のケースに入った一群の彫刻作品である。それらはまるで古い博物館の陳列ケースに入れられた標本のように、直立、あるいは仰向けに横たわる彫刻たちは、布、石、ソフトビニール、皮革など、加藤がこれまで扱ってきた様々な素材のアッサンブラージュによって構成されている。伊香保から品川へ、ダイナミックに展開してきた加藤の活動を追ってきたはずの鑑賞者は、個展最後の空間となるこの品川の2階で、急に時空が変わるような感覚を覚えることになる。標本めいた展示は、それまで原美術館の別の展示室で見てきたような建物と作品との親和性とは全く異なるレベルで、見事なまでに建物と調和している。ここで我々は、20世紀前半、原美術館が建てられた時代へと想像力を掻き立てられていくのである。

Photo: Yusuke Sato / Courtesy of the artist and Hara Museum / ©️2019 Izumi Kato

原美術館の建築は、1938(昭和13)年、渡辺仁設計による洋風の邸宅として建てられたものだ。渡辺はその前年に東京国立博物館本館、原邸と同じ1938年には有楽町の第一生命館を設計するなど、当時の日本を代表する建築家の一人として知られる。器用にスタイルを使い分けた渡辺としては珍しいモダニズム建築の作例が、この原邸であった。建築におけるモダニズムと、美術、特に彫刻史におけるモダニズムの共通項について考える時、欠かせないのは新素材に関する探求である。鉄骨やコンクリートの構造が建物の形を自在に変化させることができたように、プラスチックやアルミなど、ブロンズ以外の金属が彫刻の素材として使われるようになったことで、20世紀以降の彫刻の可能性もまた格段に広がった。そして、美術の歴史が大きく変化するのと時を同じくして、美術館という制度もまた確立していったのである。

Photo: Yusuke Sato / Courtesy of the artist and Hara Museum / ©️2019 Izumi Kato

原美術館2階最奥の空間に展開する加藤の新作は、素材の探求という観点から見た近代彫刻の歴史と、黎明期の美術館展示という二つの要素を蘇らせる実験のように映る。またそうすることによって加藤は1990年代より四半世紀を経て、様々に展開してきた自身の活動を、原美術館という建物の中に着地させたのではないか。いつも以上に、本展の作品と原美術館の建築が一体的に見えるのは、この建物の歴史と加藤泉の今回の新作が、時代を超えてパラレルな関係を結び得ているためであるだろう。

INFORMATION

加藤泉―LIKE A ROLLING SNOWBALL

2019.8.10-2020.1.13
原美術館、ハラミュージアムアーク

WRITER PROFILE

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木村絵理子 Eriko Kimura

横浜美術館主任学芸員、ヨコハマトリエンナーレ2020企画統括。 現代美術の展覧会を中心に企画。近年の主な展覧会に、”Hanran: 20th-Century Japanese Photography”(ナショナル・ギャラリー・オブ・カナダ、2019‐2020年)「昭和の肖像―写真で辿る『昭和』の人と歴史」展(アーツ前橋、2018年)他。横浜美術館の企画に「BODY/PLAY/POLITICS」展(2016年)、奈良美智展(2012年)、高嶺格展(2011年)、金氏徹平展(2009年)、GOTH –ゴス–(2007‐08年)など。

photo:©427FOTO

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