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ハギワラプロジェクツ 2018.4.27−5.6
EXHIBITION

地主麻衣子「欲望の音」スクリーニング
ハギワラプロジェクツ 2018.4.27−5.6

Written by 白坂由里|2018.6.14

"Sound of Desires", 2017, HD video, 69min.

「聞く」と「触れる」のあいだ

 

「今日は欲望の音についてあなたと話したいのですが、まずはあなたの解釈で欲望の音を演奏してもらえますか?」

地主麻衣子の新作《欲望の音》は、2017年、カナダのバンクーバーで開催されたLIVE International Performance Art Biennaleで行われたパフォーマンスを公開撮影した69分の記録映像だ。ギャラリーの1つの壁面に3つのアングルから撮影された画面が横に並ぶ形態で上映された。右の画面には、ビデオカメラを三脚に据え、ドラマーのジョン・ブレナンに語りかける地主。中央の画面には、地主が撮影している、正面からのドラマーの姿。左の画面には、ドラムの打面と手元をクローズアップした映像が映し出されている。

《欲望の音》2017 HDビデオ 69分

 リクエストに応えたドラマーは、欲望が生まれて、どんどん進んでいき、ゆっくり消えていくまでの波にも似た即興演奏を行った。この後、地主から4つの問いかけがあり、それぞれについての対話を踏まえた演奏が4回行われていった。
30代(地主とブレナンの同世代である)の日本人のセックス離れについてどう思うか。ブレナンは、スマートフォンなどのテクノロジーを使ったバーチャルなコミュニケーションによって、肌の触れ合いが減っているからでは? といったことを答える。続いて、即身仏の話題に飛躍すると、全身全霊を賭けて集中することですべてのことが溶けてなくなり、そこには自分以外の何かとつながっている感覚があり、それによって安らぎを得るのだろうと想像する。3つ目の問いは、例えばパートナーがいるのに別の人に抱いてしまうような「欲望と倫理が矛盾した状態での葛藤」について。そして最後の問いは「叶えられなかった欲望はどこへ行くのか」。

ブレナンは「欲望の一団がたむろするような野生の場所」を頭の中にもっていて、それをコントロールしたりしなかったり、対話を楽しんでいると語る。理性的に対処できない事態に飛び込んでしまうのか、あるいはどう折り合いをつけるのか。先ほどの30代日本人の話を思い出しながら、最初から摩擦を避けて恋愛を避けていれば身につけられない術だなとも思った。

心を動かされたのは、「叶わなかった欲望のためのレクイエム」を演奏するシーン。地主が「自分にも叶わなかった欲望がたくさんあり、抱えているのが辛くなるときがある」と初めて個人的な心情を吐露し、質問者と回答者の間にあった緊張感がやわらいだのだ。願わくばハッピーな曲にという地主のリクエストに応えてブレナンがハッピーなレクイエムを演奏し、地主は静かに身体を揺らし、踊る。踊ることも決めていたそうだが、ままならぬ人生を生きる労をお互いにねぎらい、祝福する、通い合いがあったようにも思われた。

《欲望の音》2017 HDビデオ 69分

 人やものは触れれば音が出ることを、打面とスティックが象徴する。音楽に託された欲望、その振動。一方、カメラを挟んだふたりは、最後まで直接触れ合うことはなく、対話と音による表現を繰り返した。会話の応酬というよりも、聞いて受け入れる、耳を澄ます行為。それこそが、自身で思考し、欲望を解放する道を照らし出したのだ。映像の外で鑑賞するわたしも少し気が晴れたのは、その触れるように聞くプロセスを見たからだった。

しかし、この作品をもう一度見直すと、激しいリズムとダンスのなかで、ブレナンは目を閉じて自身の世界にいて、ダンスをやめてそれを観察するように冷静に撮影する地主の姿が最後にあった。通い合ったと思ったのは、わたし自身の願望や幻想で、ふたりのズレに注視していなかったのかもしれない。欲望とはそんな掛け違いであり、だからこそ楽しい苦行なのかもしれない。

INFORMATION

地主麻衣子「欲望の音」スクリーニング

2018年4月27日−5月6日
ハギワラプロジェクツ

WRITER PROFILE

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白坂由里 Yuri Shirasaka

アートライター。1991年〜97年、カルチャー情報誌『WEEKLYぴあ』編集部でアート担当。現在、『SPUR』『colocal』などに寄稿。小金沢健人、泉太郎などアーティストのインタビュー、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」などプロジェクトの取材も行う。映画のレビューも執筆。宇宙航空研究開発機構 JAXAがアーカイブする衛星観測画像を演出のない映画に編集して上映するイベント「めぐりあいJAXA」のチームメンバーでもある。

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