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EXHIBITION

池田亮司展
弘前れんが倉庫美術館
2022.4.16 – 8.28

Written by 國崎晋|2022.5.26

池田亮司《data-verse 3》2020年 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

 

パリと京都を拠点に活動するアーティスト/作曲家の池田亮司が、日本では13年ぶりとなる大規模な展示を青森・弘前れんが倉庫美術館で行っている。弘前れんが倉庫美術館は、築100年を超える煉瓦作りの建物を「記憶の継承」と「風景の再生」をコンセプトにリノベーションし、コンテンポラリーアートの展示を主とする美術館として2020年にオープンした施設である。改修を担当したのは田根剛。池田と同じくパリを拠点にヨーロッパで多くの建物を再生している建築家だ。田根は、屋根にこそチタン材を使用しモダンな趣を出してはいるものの、建物の中は倉庫として使われていた当時のコールタール塗料による黒い壁をそのままにするなど、極力元の素材を残す形のリノベーションを行っている。それによりホワイトキューブとは明らかに質を異にする空間となり、この美術館を特徴的なものとすることに成功している。

池田は個展のオファーを受け、弘前れんが倉庫美術館の下見に来た瞬間に今回の展示内容が決まったと語る。「事前に写真とか図面では見ていたけど、実際に下見に来て2~3分で決まりましたね。もちろんその後でいろいろなことを考えるけど、大体は第一印象で決まる。田根さんのリノベーションはコンクリートで埋めるような建築家のエゴはない……無駄なことはしていないですよね。だから自分もそれに呼応する形で返している。僕にとってこれが最適解です」

池田は自らを「コンポーザー」と称することが多い。音楽の世界においてそれは「作曲家」の意味であるが、アートの世界では「コンポジションを行う者」となる。音と映像を使った作品が多い池田にとって、その2つの要素をどう構成(コンポーズ)するかはもちろん、それ以上に音と映像を空間にどう配置するかが重要なのである。

「既存の作品を展示するときも、最大の効果が出るように必ずその場所に最適化しているんです」と続けて語る池田。確かに2009年に東京都現代美術館で行った個展の際も、壁はほとんど造作せず、空間をありのままに使用していた。まずは空間ありきで、そこに自分のどの作品をどんな形でインストールするかを決めていくのだ。

池田亮司《point of no return》2018年 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

ホワイエを抜け最初の展示室1に入ると、中央に分厚い壁のような正方形のオブジェクトが屹立し、そこにDLPプロジェクターにより投影された漆黒の円が目に飛び込んでくる。2018年にアムステルダムのEye Filmmuseumで最初に展示された《point of no return》だ。ブラックホールを連想せざるを得ない、吸い込まれるような深さを持った黒い円。その周囲は白い光を放ち、時に波打ちさまざまな色を発しているように見える。だが、自分がその色を正確に知覚しているか自信が持てない。スマホで動画撮影したものを後から見ると、肉眼では知覚できなかった色が見え、果たして撮影素子が偽色を起こしているのか、それとも自分の視神経の許容量を超えた何かが放たれているのかは分からないままだ。

正方形のオブジェクトの反対側に回ると、そちらの面にはHMIランプを使った投光器がものすごい光量の白い円を描いている。ブラックホールと対をなすホワイトホール。2つの円はコールタールが塗られた漆黒の空間の中で、違う宇宙、次元へ誘う入口/出口に見えてくる。

写真を何枚か撮影している内に、床の照り返しがあることに気がついた。池田は音の反射を抑えるために、展示の際にはカーペットを敷き詰めることが多いから珍しいことだ。音を犠牲にしてまで残した床の照り返しにより、建築当初から残された黒い壁とフレームの存在感が際立ち、空間と作品の共振が起きている。

池田亮司《data.flux [nº1]》2020年 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

聴きなじみのあるパルス音に導かれ、次の展示室につながる細長い通路に歩みを進めると、そこには2020年にロンドンの180 Studiosで発表された《data.flux [n°1]》が設置されていた。日本では昨年、京都・天橋立で《data.flux [LED version]》という巨大なバージョンが公開されているが、今回はロンドンと同様、天井から84.8×1312.2cmと長くつなげられた有機LEDパネルが吊られたものだ。トンネルのような閉塞感の中、頭上に白と黒のコントラストの強い線で描かれた映像が流れ、ときに走査線のような白いラインが走り抜けていくさまは、鑑賞者をスキャンしているようだ。

池田亮司《data-verse 3》2020年 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

左右の壁に設置された複数のスピーカーから鳴る繊細な音を確かめるよう通路を行きつ戻りつしていると、それを破るような轟音がその先の空間から聴こえてくる。展示室3という吹き抜けの空間をまるごと使った《data-verse 3》だ。2019年にヴェネチア・ビエンナーレで発表された《data-verse 1》、同じ年に六本木のミッドタウンに仮設されたオーデマピゲのイベント会場で展示された《data-verse 2》に続く、三部作の最終章となる作品である。高さ15mに及ぶ広い空間の中で巨大な映像作品として投影されているそれは、広大なキャンバスを時にロジカルに分割しつつ、原子から宇宙までへの旅を誘うという、池田の作品としては珍しくストーリー性を感じさせるものだ。そのため多くの観客が長時間滞在し、始まりから終わりまでを何度も繰り返し見続けていた。

池田亮司《exp #1-4》(2020-2022年) 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

広大な空間での巨大な作品を見届けた後、展示室2へ移動すると、床に近く誂えられた立方体の空間に赤いレーザー光が円や線を軌跡で描く《exp #1~#4》、その向かいの壁には線による粗と密がプリントされたグラフィック作品《grid system [n°2-a]~[n°2-d]》が掲げられている。とかく派手な部分に目を奪われがちな池田作品だが、これらの端正な作品にこそ、彼の美意識をより強く感じることができる。

池田亮司 奥:《data-verse 3》2020年 手前:《data.tecture [nº1]》2018年 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

場内の案内に従って二階へと上がると、先の展示室2の真上にあたる部分に展示室5があり、床にスクリーンを配した《data.tecture [n°1]》が設置されている。さまざまなデータをもとに作られた映像が足下を流れる中、吹き抜け部分からは先の《data-verse 3》の光と音が容赦なく飛び込んでくる。音を扱うアーティストにとって作品同士の干渉は大きな問題であり、池田は個展を行うときはいつも作品同士の同期をとるなど、コントロール下に置いていた。しかし、今回の展示に際してはそれをやめ、各作品は独立した形でループ再生が繰り替えされているという。それぞれの長さの違いにより作者も意図しない干渉が生じる……「コントロールしない」というのもコンポーズのひとつの形なのだろう。実際、《data.tecture [n°1]》を足下で感じながら、《data-verse 3》を観るのは本展における一番の至福体験であったと言える。

池田亮司 左:《data.scape [DNA]》(2019年) 右:《data.scan [nº1b-9b]》(2011年/2022年) 撮影:浅野豪 ©Ryoji Ikeda

最後の部屋である展示室4に回ると、この館では珍しく白い壁で作られた空間に、所蔵作品である《data.scape [DNA]》、そして《data.scan [n°1b]~[n°9b]》の2つが向かい合うように設置されている。池田作品に頻出するモチーフをアーカイブしているような両作品をつぶさに眺め、1つ1つのパーツがどれだけ精緻なプロセスで生み出されているかを検証する行為は、本展の素晴らしいコーダ部分となった。

 

「この展覧会はコンサートを聴きに行くように観てほしい」と池田は記者会見で語った。今回展示されている作品は、事前に写真や映像で観たことがあるものも多かったが、しかし、実際に展示空間に身を置いて感じたのは、複製メディアでは到底伝えきれない「体験」であった。滅多に人前に姿を現さず、インタビューにも応じないことで有名な池田であるが、今回の個展のオープニングに際し、内覧会では記者会見を、オープン初日には田根、そして弘前れんが倉庫美術館特別館長補佐南條史生と3人でトークイベントを行い、今回の原稿に引いたような発言を多く残してくれた。それはひとりでも多くの鑑賞者を招きたいがゆえのことであろう。空間に音と映像をインストールすることから成る池田のコンポジション。配置されたもの同士が響き合う只中にいると、鑑賞者である自分も共振していく気がする。池田のコンポーズはそこに鑑賞者がいることで初めて完成し、そしてその体験はひとりひとりによって異なるものなのだ。

 

INFORMATION

池田亮司展

主催:弘前れんが倉庫美術館
会期:2022.4.16 - 8.28
特別協賛:スターツコーポレーション株式会社
協賛:株式会社大林組、株式会社NTTファシリティーズ
協力:180 Studios, TARO NASU

WRITER PROFILE

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國崎晋 Susumu Kunisaki

1963 年生まれ。RITTOR BASE ディレクター。サウンド・クリエイターのための専門誌『サウンド&レコーディング・マガジン』編集長を20 年間務める傍ら、2010 年からは Premium Studio Live と題したライブ・レコーディング・イベントを開始し、収録した音源をハイレゾ・フォーマットで配信するレーベルを展開。2018 年末には多目的スタジオ「RITTOR BASE」を開設し、SONY の空間音響技術 Sonic Surf VRをフィーチャーしたサウンド・インスタレーション「Touch that Sound!」展やバイノーラルを前提とした配信ライブなど、新たなコンテンツの制作に取り組んでいる。2021 年からは株式会社 InterFM897社外取締役も務める。

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