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EXHIBITION

杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年
東京都写真美術館 2018.7.24 – 9.24

Written by 川原英樹|2018.9.13

《ジェームス D ワトソン Dp2》 2004年 ゼラチン・シルバー・プリント 作家蔵 

杉浦邦恵の回顧展『杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年』を東京都写真美術館で観た。初期の魚眼レンズを使ったモノクロのヌード、カンバス上に写真とアクリル絵の具を塗付した作品や人物と風景のモンタージュから、桜島の地学的な実験に至るまでの創作の軌跡を5つのパートに分けて大規模に展開していた。なかでもパート3「フォトグラムとインスタレーション 1980日」では日常のモチーフである花、蛙、うなぎやナマズなど90年代後半に創作されたフォトグラム作品群に目が釘付けになった。フォトグラムとは、カメラを用いず、暗室の中で印画紙の上に直接ものを置いて感光させ、イメージを生成する写真作品で、1920年代にモホイ=ナジやマン・レイが紡ぎ出した技法である。

《電気服にちなんで Ap2、黄色》 2002年 黄色で調色されたゼラチン・シルバー・プリント 東京都写真美術館蔵

もう20年ほど前の話になるが、その頃、わたしはNYに居てキュレーターと美術評論家の仕事をしていた。その関係で杉浦さんのスタジオ兼自宅まで作品を観に行った。チャイナタウンの一角に在る家で、寒い冬の日で暖かいシナモンティーをご馳走になった。これまでの創作活動のことや最近のコンセプトなどについて訊いているなか、ふとした拍子に、フレームに入り壁に立て掛けられていた作品群に目が止まり、恐らくそれらの作品のなかのいくつかが、今回わたしの目を釘付けにしたフォトグラム作品群のなかにあったのだと思う。あのときもそうだったが、透明度のあるゼラチン・シルバー・プリントの蒼さと広大無辺な構図に吸い込まれそうになった。

《飛び跳ねる D ポジティブ2》1996年 黄色で調色されたゼラチン・シルバー・プリント 作家蔵 Courtesy of Taka Ishii Gallery

カメラが近距離、中距離、遠距離を瞬く間にすべて収めるのだとしたら、このフォトグラム作品群は遠距離の先に立ち現れるインフィニティ(無限)を表現しようとしているのかも知れない。《飛び跳ねる Dポジティブ 2》には2匹の跳躍した蛙が中央に写っている。両方とも影の如く躍動感のあるアウトラインを際立たせる。後ろにあるのは孵化を迎え亀裂の入った卵か、あるいは小夜をやさしく照らす月だろうか、いずれにせよ背景は静穏な雰囲気に包まれている。あたかもそれは時間のエッセンスを捉えた瞬間のように静と動の同時進行を表現していた。私達は脳の処理速度によって、時間を着々と流れるものと認識するが、時間の実態は未知のままだ。いちど脳を取り外したら時間はこの作品さながら無限に動いているかも知れない。杉浦さんが、ずっと作品を創っているがなかなか纏めて見せる場がない、と言ったので、いつか大きな個展が出来るといいですね、と言い添えてスタジオをあとにしたのが一昨日のことのようだ。この回顧展に出来るだけ多くの人々が対峙してほしいと思っている。インテリジェンスとしなやかさ、そして何よりもエッジがある。最高だ。

《ボクシングの書類、篠原Bp3》1999-2000 ゼラチン・シルバー・プリント

INFORMATION

杉浦邦恵 うつくしい実験 ニューヨークとの50年

開催期間:2018年7月24日(火)~9月24日(月・振休)
休館日:毎週月曜日(ただし、9月17日[月・祝]、24日[月・振休]は開館、9月18日[火]は休館)
料金:一般 900(720)円/学生 800(640)円/中高生・65歳以上 700(560)円 ※ ( )は20名以上団体、当館の映画鑑賞券ご提示者、各種カード会員割引、当館年間パスポートご提示者(ご利用案内をご参照ください)/ 小学生以下、都内在住・在学の中学生および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料/第3水曜日は65歳以上無料 *各種割引の併用はできません。※9月17日(月・祝)敬老の日は65歳以上は無料

WRITER PROFILE

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川原英樹 Hideki Kawahara

キュレーターと美術評論家、ヨガ・インストラクターを経て現在は政府機関にて国際会議などの通訳・翻訳の仕事をする。座右の銘『ハードルは高ければ高いほどくぐりやすい』

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