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EXHIBITION

Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展
2021.3.20- 6.22
東京都現代美術館

Written by 荒木夏実|2021.6.24

風間サチコ「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2021 撮影:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

 

それぞれの旅の方法ー風間サチコと下道基行

現代美術の世界では「ニューカマー」は注目されやすい。「若手の」「旬の」という謳い文句は魅力的だ。メディアや批評家、キュレーターも企画に取り上げる。新人の起爆力は強く、これまでにない表現に対して人々が期待するのは自然なことだ。そのうちのどれぐらいの人が、その後コンスタントな活動を続けられるかはわからないのだが。

一方で、「中堅」の立場は厳しい。新人ほど注目されず、話題の展覧会やビエンナーレなどの国際展に参加して名前が知られていたとしても、それが作品の値段に直結するとは限らない。特にコンセプチュアルな表現や映像作品の場合は販売も苦戦する。ヨーロッパに見られるような、アーティストが優遇される安い住居などの福祉制度もない中で、家族や子供のために金銭的負担が増えたり、制作時間や費用が不足するなど、苦労するアーティストは多い。

アーティストを長い目で応援し、支えていく仕組みが足りない日本社会において、「Tokyo Contemporary Art Award (TCAA)」はきわめて貴重な存在である。中堅のアーティストを対象に、賞金300万円以外に海外での活動支援、展覧会実施、モノグラフの制作を複数年支援するという画期的な内容である。本賞がスタートした2018年度に選ばれ、2019年から2021年に渡ってサポートを受けた風間サチコと下道基行の展覧会が、今回東京都現代美術館で開催された。下道は受賞者インタビューで「中堅はチャンスが若手より減る時期」だと述べ、3年から5年かけてさまざまなものに出会いながら作品を形にしていく彼にとって、長期の支援は心強いと語っている。 (註1)優れた中堅アーティストを支える賞として今後も続いてほしいと期待している。

受賞記念展は、下道と風間の展示の違いが際立っているのが印象的だった。前半の下道の展示では、本棚や展示台、テーブルが広い空間にすっきりと並べられ、フレームとモニターは壁に整然と取り付けられている。一方風間のスペースには、一点一点に大量の情報が詰まった版画による濃密な空気が漂う。下道自身の出会いや発見を追体験するような展示と、風間の想像(妄想?)世界に飲み込まれるような空間は対照的で、そのギャップをじっくり味わった。

 

下道基行「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2021 撮影:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

下道の代表作といえば、日本各地に放置された格納庫や砲台跡を写した《戦争のかたち》(2001-2005)や、日本の帝国主義時代に中国や台湾に建てられた鳥居の現在の姿を撮った《torii》(2006-2012, 2017-)が思い浮かぶ。しかし本展では、これらをメインの展示スペースでは見せず(最後の部屋に初期作品として「戦争のかたち」シリーズ10点を展示)、人々との協働によって制作した作品を中心に展示構成されているのが印象的だった。例えば入口付近にある《瀬戸内「   」資料館》(2019-)は、下道がベネッセアートサイト直島で展開中の企画で、瀬戸内の風景や歴史に関する資料を島の人々と共に収集、調査、展示するプロジェクトである。今回下道は、直島から資料や備品を運びこみ、美術館の中に資料館を再現してみせた。瀬戸内の風景を撮り続けた写真家の写真集、弁当屋の手書きのメニュー、直島に関する新聞記事を集めた島民のスクラップブックなど、派手さのない、アマチュア精神が伝わってくる内容だ。今という時間、直島という場所、そこに確かに存在する人を起点として、複数の目と手によって過去を現在に手繰り寄せようとする下道の姿勢が感じられる。

 

下道基行《瀬戸内「   」資料館》2019年- 公益財団法人 福武財団蔵 撮影:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

最も興味深かったシリーズは《14歳と世界と境》(2013-)だ。下道が各国で14歳(中学2年生)を学校に訪ね、生徒たちにとって身近な「境界線」について考える特別授業を行う。自分が見つけた境界線について綴った生徒の文章を地域の新聞に掲載するというプロジェクトである。見る側と見られる側を隔てるテレビの画面について述べる日本の子、触ると危険なサボテンについて語る香港の子、自分の外見を意識させる鏡に注目する韓国の子。それらの言葉が山陽新聞や明報新聞、光州日報の片隅にさりげなく掲載されている。生徒たちと下道が共犯者となって密かに新聞をジャックするような、スリリングな企みが感じられて面白い。それは大人と子供の間で揺れる14歳の記録であり、世界へのステイトメントでもある。

 

下道基行《14歳と世界と境》2013年- 撮影:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

島民や若者との協働を試みる下道に対して、風間サチコはどこまでも自己を深く掘り下げ、マグマのようなエネルギーを放出させる。コロナ禍によって残念ながら渡航が叶わなかったのだが、風間はドイツの各地に残るナチスの遺構やモニュメントをリサーチする予定だったという。その代わり(?)に彼女はトーマス・マンの『魔の山』を読破することを決意する。「外界でのリサーチ旅行が無理ならば一人自室にこもって“魔の山”をリモート登山し、高みにある“深淵”を探りに(脳内で)旅をしよう!」(註2)

 

風間サチコ「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2021 撮影:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

『魔の山』の主人公ハンス・カストルプは、スイスの山岳地帯にあるサナトリウムで7年を過ごすことになり、各国から集まったユニークな患者たちとのドラマが展開される。風間はカストルプの体験を「モラトリアム」と呼び、そこに自身の姿を重ねている。小学3年生の頃から風間は喘息を理由に学校を休み、「虚弱児」として「健康学園」に入所、健康的な集団から距離を置くことができてうれしかったという。現在の制作においても、日常から切り離された内省と熟考の時間が必須だと語る。(註3) 黒壁を背景にした「Magic Mountain」のシリーズには、迷い込んだら脱出不可能な山に潜む狂気が漂う。結核患者の肺と木のイメージを重ねた《肺の森ーLUNGENWALD》(2021)は、自然が身体の比喩であり、物語が脳内で繰り広げられることを想起させる。風間は山に恐怖ではなく、たとえ一時的ではあれ、安全な居場所を見出しているのかもしれない。

 

風間サチコ「Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2021 撮影:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

《登/下》(2016)と《獲物は狩人になる夢を見る》(2016)は、風間の実体験を想像させる作品として強いインパクトを放つ。下駄箱が並ぶ玄関を舞台に描かれた制服姿の少女からは、辛い登校や陰湿ないじめのイメージが伝わってくる。しかしスーパーヒーローよろしく、無数に飛んでくる画鋲に少女は果敢に立ち向かっていく。風間に内在する怒り、戦い、社会を疑う姿勢は、ヒーロー物語やSFの世界に軽やかに戯画化され、皮肉とユーモアとともに発散されるのだ。

下道と風間という全く異なるタイプのアーティストの展示を並べて見ることにより、それぞれの創作のモチベーション、他者との関わり方、世界の捉え方の違いを感じることができて興味深かった。しかし2人とも決然と旅を続けるアーティストである点は共通している。各々の旅路を今後も追っていきたい。

 

註1 住吉智恵「受賞者インタビュー TCAA 2019-2021」  

註2、3 風間サチコ「魔の山考(菩提樹に寄せて)」『KAZAMA Sachiko Magic Mountain』2021

 

 

INFORMATION

Tokyo Contemporary Art Award 2019-2021 受賞記念展

会期:2021年3月20日 ~6月22日
会場:東京都現代美術館 企画展示室1F (東京都江東区三好4-1-1)
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 トーキョーアーツアンドスペース・東京都現代美術館
協力:公益財団法人 福武財団、無人島プロダクション

WRITER PROFILE

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荒木夏実 Natsumi Araki

キュレーター/東京藝術大学准教授。 慶應義塾大学文学部卒業、英国レスター大学ミュージアム・スタディーズ修了。三鷹市芸術文化振興財団(1994-2002)、森美術館(2003-2018)でキュレーターとして展覧会および教育プログラムの企画を行う。主な展覧会に「小谷元彦展:幽体の知覚」、「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」、「ディン・Q・レ展:明日への記憶」、「六本木クロッシング2016:僕の身体、あなたの声」など。

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