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EXHIBITION

トム・サックス ティーセレモニー
東京オペラシティ アートギャラリー 2019.4.20 – 6.23

Written by 日埜直彦|2019.5.31

Tom Sachs "Tea Ceremony" installation view

Photo by Tadashi Ono

「ティー・セレモニー」への招待

ニューヨークをベースに活動するアーティスト、トム・サックスは日用品やブランド商品を題材とした風刺的でユーモラスな作品を作ることで知られている。ピストルからラジカセまで、ハロー・キティからプラダまで、誰でも知るイメージを借用するいわゆるアプロプリエーションと、D.I.Y.的なブリコラージュによって作られる彼の作品は、もちろんアイロニカルなニュアンスも潜んでいるのだが、基調としては脱力的でかわいい。素材の表情とゆるい造形をまとめあげるトム・サックスのセンスはブレがなく、ナイキとのコラボレーションで作ったスニーカーのように、プロダクト・デザインを手掛ける場合であっても絶妙なところを突いていた。

今回の展覧会は、茶道にまつわるありとあらゆるものをトム・サックス流のブリコラージュで作り上げた作品によって構成され、展覧会全体も茶事のフォーマットにのっとって設えられている。ありとあらゆるもの、というのはおおげさな言い方ではなく、茶碗、茶杓、茶筅、釜、棗、風炉といったいわゆる茶道具からはじまって、茶室を囲い、掛軸や花入れ、茶菓子のようなもてなしのさまざまな要素が用意され、中門の手前の外露地には鯉が泳ぐ池と外腰掛け、その奥の内露地には灯籠、蹲踞、庭木まで作品によって現される。この展覧会のひとつの特徴は、会場内に作家の作品以外のもの、作家の手がかかっていないものがほとんど存在しないことだ。例外は照明器具ぐらいではないだろうか。ともかく、そうした徹底的に作家の仕事で組み立てられた展示が妙に気持ちの良い空間を作っていた。

Tom Sachs “Tea Ceremony” installation view Photo by Tadashi Ono

茶道とともにNASAがモチーフに採られている。どうやら宇宙時代の人間精神にとって茶道の儀礼性に格別な意味がある、ということらしい。NASAはトム・サックスが既に何度もモチーフとして選んできた題材でもあった。茶道の侘びを追求するストイシズムとNASAの科学者のプロフェッショナリズムが共振し、作家の脱力した作風とぶつかり合って、ユーモラスだけどひたむきな世界を展覧会場に作り上げている。電動化された茶筅、穴抜き加工で軽量化された茶室の構造材、グルーガンで組み立てられた庭石といった一種のレトロ・フューチャー的造形がそこから導かれ、NASAをモチーフにした以前の作品よりも作家の表現は明確になったようだ。茶道の身体性や社交性が合流することで、作品は一種のアレゴリー的なニュアンスを加味されて人が生きることそれ自体と重なる膨らみを得た。NASAの科学的合理主義は茶道のストイシズムから骨董趣味を脱色し、さらにポジティブな楽天性を作品に与えた。茶道のどこに着目してそれを読み替えたかを作品から読み解くことが出来れば、作家がいかに丁寧にその世界に敬意を払っているか感じられるはずだ。

とはいえ、展覧会のタイトル「ティーセレモニー」において、ティーすなわち茶道そのものよりも、セレモニーに重点はあるはずだ。つまり一種の型としての儀礼を正しく愚直に行うことで、それをどこまで展開することが出来るかということだ。なぜ茶道でありなぜNASAなのかと生真面目に考えてみても始まらないが、つべこべ言わずに作家はその世界に儀礼的に没入し、自分のアプローチでそれを読み替え、そこから作品が生まれた。とても個人的なやりかただから趣味的に流れやすくもなるが、スノッブさにおぼれがちな茶道をモチーフにしているにもかかわらず、今回の展覧会にそういう煙幕は一切存在しない。

Tom Sachs “Tea Ceremony” installation view Photo by Tadashi Ono

楽しいウィットがそこここにちりばめられて、広くセレモニーの門は開かれている。茶事の作法を全く知らなくてもぜんぜんかまわないのだ。トム・サックスが不思議な儀礼として茶道に出会ったときにもたぶんそうだったのだから。そうして一期一会の機会が準備され、あなたがセレモニーに加わることを待っている。

INFORMATION

トム・サックス ティーセレモニー

主催:公益財団法人 東京オペラシティ文化財団/「トム・サックス ティーセレモニー東京展」実行委員会
特別協賛:日本生命保険相互会社
協賛:株式会社 ビームス
協力:相互物産株式会社/Galerie Thaddaeus Ropac/Vito Schnabel Projects/株式会社東京スタデオ
企画協力:小山登美夫ギャラリー

WRITER PROFILE

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日埜直彦 Naohiko Hino

1971年茨城県生まれ。建築家。大阪大学工学部建築工学科卒業。2002年より日埜建築設計事務所主宰。 作品=《ギャラリー小柳ビューイングルーム》《F.I.L.》《ヨコハマトリエンナーレ2014会場構成》ほか。主な著書に『白熱講義──これからの日本に都市計画は必要ですか』(共著、学芸出版社、2014)、『磯崎新インタヴューズ』(共著、LIXIL出版、2014)、『Real Urbanism』(共著、Architectura & Natura、2018)など。国際巡回展「Struggling Cities」企画監修。

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