HOME > REVIEWS > OUT AND ABOUT
> AIT ARTIST TALK #76  「Greenware」
〜スコットランド グラスゴーよりアーティストのフローレンス・ドワイヤーを迎えて〜
OLDHAUS 2019.3.20 
OUT AND ABOUT

AIT ARTIST TALK #76  「Greenware」
〜スコットランド グラスゴーよりアーティストのフローレンス・ドワイヤーを迎えて〜
OLDHAUS 2019.3.20 

Written by 坂口千秋|2019.6.20

写真:フローレンス・ドワイヤー

 有田焼の産地として知られる佐賀県有田町は、400年の伝統を持つ、人口約2万人のほとんどが窯業に関わって暮らすやきものの町だ。有田の陶芸の特徴は、大量生産ながら人の手が必ず入っているところ。また伝統的に分業制をとっていて、陶土製造から成形、施釉、絵付、焼成など各工程の一流の職人がひとつの町に揃っている。この町に誕生したCreative Residency Arita (CRA)は、2016年オランダと有田の400周年を機にスタートした。制作拠点となるスタジオのほか、佐賀県窯業技術センターをリサーチの拠点に据え、招聘作家と有田の職人をつなぐコーディネーションを行っている。
このCRAと、東京の代官山にある現代アートのNPO団体アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]という2つのレジデンス機関が協働して、昨年度末にレジデンス・プログラムを開催した。異なる地域のレジデンスがアーティストを派遣し合うことはよくあるが、このように1つのプログラムを2つの拠点がいっしょに行うのは珍しい。その報告会と1日限りの展示が、渋谷並木橋にある古民家を改装したスペース、OLD HAUSにて行われた。

きっかけは2年前。AITで招聘したアーティストが東京で気軽に使える窯が見つからないことがあった同じ年、スタートしたばかりのCRAの充実した施設環境と有田の高い技術を見て、ぜひ東京と有田を結んでなにかできないかと思ったという。一方のCRAは、滞在の成果をもっと有田の外へ発信したいと考えていた。そうした両者のニーズが重なって今回の協働が生まれたという背景がある。スコットランドのグラスゴー郊外、アーガイル・アンド・ビュートにあるレジデンス機関Cove Parkと連携して公募を行い、選出されたアーティストのフローレンス・ドワイヤーとデザインキュレーターのステイシー・ハンターが、東京と有田で2-3ヶ月の滞在制作を行った。

写真:長谷川健太 提供:Creative Residency Arita

CRAのレジデンス・プログラムを運営する石澤依子さんによれば、CRAを訪れるアーティスト側の最大メリットは、CRAを通して有田の高い技術にアクセスできる点だ。有田にとっても、アーティストたちのユニークな発想や視点が工場で働く職人の刺激となる。陶芸家やデザイナーだけでなく、キュレーターや陶芸以外のアーティストも受け入れることによって、有田の既成概念を打ち破るような化学反応が職人の間から起こることを期待している。地場産業を活性化する商品開発が第一の目的ではないが、時としてすばらしい作品が生まれることがある。2017年の滞在作家、オランダのデザイナー・アリキ・バン・デル クルスの《Made by Rain》は、雨のしずくを釉薬の段階で捉える方法を有田の窯元と開発した作品。1枚ずつ雨の場所、緯度経度、日にち、時間が記載されている。

《Made by Rain》アリキ・バン・デル クルス、2017  写真:トーマス・アイク

 

トーク後半は滞在作家のフローレンス・ドワイヤーの報告が行われた。グラスゴーを拠点に活動するドワイヤーは、日々の暮らしで使われるモノに内在する物語をリサーチし、陶器やテキスタイル、家具などを使ったインスタレーションを制作する。スコットランドの或る一人暮らしの女性が1965年まで住んでいたアパートを、彼女の所有物ごと保存するグラスゴーのテネメント・ミュージアムでの滞在制作では、使われたままの小さな石けんや着古された衣服といった膨大なアーカイブにアクセスしていった。そしてアーカイブを辿る手段として近隣住民へのインタビューを行い、彼らの不要な日用品を集めて、モノに滲む膨大な個人史を浮かび上がらせた。また、地元のラグ工場で1年間インターンとして働き、自身のパーソナルな生活空間のイメージを織り込んだラグを作るなど、製造プロセスにも飛び込んでいく。

工場でのインターンシップの様子 左:ステイシー・ハンター 右:フローレンス・ドワイヤー
提供:Creative Residency Arita

東京の大井競馬場の骨董市であらゆる日用品に触れたのち、ドワイヤーは有田へ移動し、10週間の滞在のうち8週間を有田で過ごした。ここでもまず工房のインターンに通い、主に窯に入れる前の水拭き作業を約1週間体験した。些細だが仕上がりを左右する作業の大切さを実感しながら、作品の構想を固めていった。
ドワイヤーが有田で制作したのは、小さな香水の瓶のシリーズだ。古代ローマの香水の瓶と、ノーマン・ヒートリーが開発したペニシリンの培養薬瓶、さらに資生堂初期の西洋的な化粧瓶をかたちの参考にした。香水の瓶は、香りと液体を守るための入れ物であり、ペニシリンの薬瓶は縦横の向きを変えることで減菌と培養ができる。小さなかたちに機能とデザインが合致しており、さらにどちらも私たちの生活や体調を向上させるものという共通点が気に入ったという。有田の型職人に依頼して4つの型をつくり、ひとつずつ釉薬の色やテクスチャーを変えて合計40の容器が出来上がった。幾何学的なデザインは、ろくろを回す手のリズムから生まれた。

《Greenware》(試作)フローレンス・ドワイヤー、2019 写真:越間有紀子

タイトルの《Greenware》は、最も脆く傷つきやすい焼成前の陶器をさす言葉だ。同時に、有田の山や田園、通った工場の制服、機械や作業台の緑色にもちなんでいる。褪せたトタン屋根に目を止め、そのマットな質感と色の再現を試みたように、目に映ったものや触れたもの、体が記憶する有田の思い出が、小さなオブジェのなかに凝縮されている。有田での日々をドワイヤーはこう振り返る。「ものづくりの長い歴史のある有田で、自分がその一部になれたことは重要な経験でした。特に細部にこだわる有田のものづくりの姿勢は、今後の自分の制作に大きな影響を与えたと思います。」グラスゴーに戻ったら、このシリーズをさらに発展させるそうだ。

フローレンス・ドワイヤーと同時期に滞在したデザインキュレーターのステイシー・ハンターが手がけるプロジェクト「LOCAL HEROES」の資料やAITのこれまでのレジデンスプログラムで滞在したアーティストによる作品、教育プログラム「MAD」の資料も並んだ。写真:越間有紀子

アーティストが異なる土地に滞在して制作するアーティスト・イン・レジデンスプログラムはアーティストが100%アーティストとして過ごすことができる特別な時間だ。日常に差し込まれるアーティストの非日常な眼差しが、わたしたち自身の日常を更新し、世界を新たに捉え直すきっかけとなるのだろう。専門的な技術を持つ有田、そして国際的なハブとしての発信力を持つAITが協働した今回のプログラムは、互いの強みを活かした柔軟でユニークな取り組みだった。そしてプログラムの協働や今後の発展性についても考えた。結局、いい作品が生まれることが、巡り巡ってそのレジデンスの評価につながるのだ。

INFORMATION

AIT ARTIST TALK #76  「Greenware」
〜スコットランド グラスゴーよりアーティストのフローレンス・ドワイヤーを迎えて〜 

日程:2019年3月20日(水)
場所:OLDHAUS(オールドハウス)
主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
協力:Creative Residency Arita、Cove Park、佐賀県

WRITER PROFILE

アバター画像
坂口千秋 Chiaki Sakaguchi

アートライター、編集者、コーディネーターとして、現代美術のさまざまな現場に携わる。RealTokyo編集スタッフ。

関連タグ

ページトップへ