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EXHIBITION

ブルス・ドゥ・コメルス ピノー・コレクション
フランス、パリ 
2021.5.22

Written by 佐藤久理子|2021.7.1

Urs Fischer, Untitled, 2011 © Urs Fischer Courtesy Galerie Eva Presenhuber, Zurich. Photo : Stefan Altenburger Bourse de Commerce — Pinault Collection © Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, Agence Pierre-Antoine Gatier

ブルス・ドゥ・コメルス ピノー・コレクション 伝統とモダーンの出会いが生み出す、覚醒の場 

 

パンデミックの影響で休館を余儀なくされていたカルチャー施設 が5月19日にようやく再開したのを機に、パリの新名所と言える 「ブルス・ドゥ・コメルス ピノー・コレクション」がオープンし た。実業家でアート・コレクターとして知られるフランソワ・ピノー の、1960年代から現在に至る1万点にのぼるコレクションを収蔵する私設美術館だ。地階から地上3階までを擁する内部には、10の展示室、劇場型多目的ホール、さらにパリで初めての出店となった3つ星シェフ、ミシェルとセバスチャン・ブラスによるレストランが ある。 

Bourse de Commerce — Pinault Collection © Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, Agence Pierre-Antoine Gatier Photo Marc Domage

パリとピノーの愛憎関係は深い。「パリにいつか美術館を作るの が夢」と語っていた彼がその一歩を踏み出したのは、1999年にさかのぼる。ルノーの工場跡地であったスガン島の再開発にのって、安藤忠雄建築による美術館のプロジェクトを申請したものの、パリ市行政機関の滞りから6年後に断念。パリを捨て、ヴェネチアに安藤 の手によるパラッツォ・グラッシ、プンタ・デラ・ドガーナの2つ の美術館を開設させる。だが、やはり地元パリへの思慕は消えなかったようだ。2015年にアンヌ・イダルゴ、パリ市長から、元証券取引所を改装する案を提案された彼は快諾する。 

だが、アンリ・ブロンデルの設計により、19世紀の歴史的建造物 に指定されているこのモニュメントを任された安藤にとっては、制 約の多い困難なプロジェクトだったにちがいない。その構造を変え ることなく現代アートの美術館として蘇生させるために彼が取った方策は、内側にもうひとつ壁を作ることだった。 「壁に残った記憶に敬意を表しながら、入れ子の構造にしてもうひ とつ壁を作ることで空間に活力を与え、そこに時間の対話をもたらしたかった」と、彼は語っている。果たして、直径29メートル、高 さ9メートルのコンクリートの円筒が設置され、建物のアンティー クな内壁との空間を分けている。 

 

Bourse de Commerce — Pinault Collection © Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, Agence Pierre-Antoine Gatier Photo Patrick Tourneboeuf

ここにはさまざまな層の対話がある。歴史と現在、伝統とモダニティ、時間とフォルム、オーガニックな木とコンクリート、光と影。 

ヴィジターがまず足を踏み入れるのが、パッサージュと呼ばれる回廊だ。19世紀のスタイルを再製したランプに飾られた空間は、古 き良きパリを彷彿させる雰囲気と、シンプルなコンクリートの質感が生み出す現代性との不思議な融合を醸し出す。 

回廊に置かれたショーケースには、変形させたプジョーのバイクなど、インダストリアルなプロダクツにユーモアや皮肉に満ちた視点で手を加え、示唆的なオブジェに変容させたベルトラン・ラヴィエの作品が展示されている。それらが、伝統とモダーンの対話に加え、価値の変容というテーマを加味する。 

 

Bertrand Lavier MBK (ou 103 Peugeot), 2020 © Bertrand Lavier / ADAGP, Paris 2021 Photo Aurélien Mole Bourse de Commerce — Pinault Collection © Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, Agence Pierre-Antoine Gatier.

Bourse de Commerce — Pinault Collection © Tadao Ando Architect & Associates, Niney et Marca Architectes, Agence Pierre-Antoine Gatier Photo Patrick Tourneboeuf

 

回廊からコンクリートの内側に入ると、そこにはまるで神聖な古代劇場のような空間が広がる。安藤が「ローマのパンテオンを訪れたときに経験したような覚醒を与えたかった」と語る通り、天井の壮麗なガラスのクーポールから差し込む光がミニマルな空間を照ら し、余分なものがすべて削ぎ落とされ、浄化されるかのような感覚に陥る。時とともに光の具合が変化することで、過去から現在、そ して未来へと繋がる時の経過が実感として迫ってくる。

贅沢な空間にぽつぽつと置かれたオブジェと中央の彫刻は、この空間のために作られたウルス・フィッシャーの作品だ。一見、大理 石の彫刻と見紛うが、すべて蝋で作られている。熱や温度による変容を免れない、儚さとともに、ここでも時間の推移というテーマが観る者に語りかけてくる。 

円筒に沿った螺旋状の階段を上った各展示室には、デイヴィッ ド・ハモンズ、リュック・タイマンス、シンディ・シャーマンといった著名なアーティストから若手世代まで、絵画、彫刻、写真など多岐にわたる作品が展示されている。さらにクーポールを囲む19世紀の壁画のふもとには、マウリツィオ・カテランの小さなオブジェが 並んでいるので、細部まで見逃せない。 

今回のこけら落としの展覧会は「Ouverture(オープン)」と名付けられているが、これは開館という意味だけではない。社会に対して、あるいはすべての者に向けて開かれたものという意味もある。と同時に、新たな視野を与えてくれる、ということでもあるだろう。ピノーは、「アートはわたしにとって、もっとも早く世界を理 解する手段でもあるのです」と語る。 

パリの中心地レ・アールという一等地にそびえる、彼の情熱と信念を結集した施設は、コンテンポラリー・アートをより多くの人に提供する開かれた場所として、芸術の都パリの未来を担うにふさわ しい。

 

INFORMATION

ブルス・ドゥ・コメルス ピノー・コレクション

開館時間:10:00 - 19:00
場所:パリ市ヴィアルム通り2番地
休館日:火曜日
 夜間営業日:毎週金曜日、21:00まで開館
 第1土曜日:17:00から21:00まで入場無料
料金:入場券(一般14ユーロ、割引10ユーロ)

WRITER PROFILE

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佐藤久理子 Kuriko Sato

パリ在住。編集者を経て、現在フリー・ジャーナリスト。映画をメインに、音楽、カルチャー全般で筆を振るう。Web映画コム、白水社の雑誌「ふらんす」で連載を手がける。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

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