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Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展
東京都現代美術館
2022. 3.19 – 6.19

Written by 住吉智恵|2022.4.25

藤井 光《日本の戦争画》2022「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2022 Photo:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

東京都とトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)によって東京都現代美術館で開催されている「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」は、本アワード(以下TCAA)の第2回受賞者、藤井光と山城知佳子による個展である。2018年に創設されたTCAAは、海外展開も含めた今後の飛躍が期待される中堅アーティストを対象とするアワードだ。公式サイトで受賞者インタビューを担当し、コロナ禍で海外でのリサーチや多数の人を集める活動がままならない状況を聞いていたこともあり、本展ではその厳しい条件下で創意を駆使して活動した成果に驚き、感銘を受けた。また、過去作から最新作までの記録と優れた論考を掲載した端正な装幀のモノグラフが発行されたことも意義深い。

藤井 光《日本の戦争美術》2022「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2022 Photo:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

藤井光が新作で取り組んだのは、第二次世界大戦中に軍務についた約100名の美術家によって描かれ、戦後占領軍に接収された日本の戦争記録画をめぐる考察だ。これまで世界各地でフィールドワークを行なってきた彼が仕事場に籠り、1cm角のマイクロフィルムに記録されたアメリカ公文書を電子顕微鏡で覗き込む日々だったという。

1946年、戦争記録画はその処遇を判断する目的で東京都美術館に集められ、12日間にわたり占領軍関係者向けに展示された。文化財として保存すべきか、戦利品として他の連合国と分配すべきか、あるいはプロバガンダの証拠として破壊すべきか。それらの絵画の芸術的価値を見極める議論が重ねられたが結論は出ず、5年もの間、暫定的に封印され放置されていたという。

藤井 光《日本の戦争画》2022「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2022 Photo:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

誰も価値を定義できなかったその不思議な展覧会を、本展示ではある意味忠実に再演している。展示室に入るなり度肝を抜かれ、しばらく狐につままれた気分だった。広大な空間の壁面を埋め尽くし、天井高く吊り上げられていたのは膨大な数のキャンバス。だがその表面は美術施工業者や運送会社が廃棄した資材や梱包材をかき集めて「構成」されている。キャプションには、たとえば藤田嗣治《アッツ島玉砕》といった作家名やタイトルが記されているが、それらの指し示す作品はのっぺりとした無味乾燥な平面だ。

もちろん現在は東京国立近代美術館で一部常設されているオリジナルの戦争画を持ってくることは不可能であり、藤井によれば「実際の展示のスケールを実物大で見たかった」という。

サイズとキャプションのみ忠実に再現された幻の絵画展がそこに炙り出したのは、作家名とタイトル越しに想像をかき立てる密やかな反戦感情や温度差といった別の解釈の可能性だ。常套句に陥りやすい「空白」の展示方法を超えようとする藤井の挑戦的なアプローチを、戦後日本の絵画史を取り巻いてきた曖昧な議論に対する独自の考察であると同時に、彼の反骨のあらわれである「表現」による史実への介入と受け取った。

これまで多くの現代美術家が戦争記録画というテーマに応答してきた。いまロシアがウクライナに侵攻し、情報戦が戦況を揺さぶるハイブリッド戦争を背景に発表された本作は、観る者の意識を21世紀の戦争の複雑怪奇な局面に強く引き付ける。「雄弁で情熱的な表現」と「虚偽に満ちたプロバガンダ」。その間にある「見えない」戦争の実像をありったけの想像力を傾けて見極め、批判する急務を促されるのだ。

 

 

山城知佳子《チンビン・ウェスタン 家族の表象》2019「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2022 Photo:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

山城知佳子は、本アワードの支援期間、授かったばかりの子どもの育児、複数の新作、さらに昨年東京都写真美術館で行われた個展と、海外リサーチに行かれなかったにも関わらずタスクの多い繁忙期を過ごした。本展示では、10年ぶりの3面スクリーンの上映となった《肉屋の女》(2012年版)、テレビを置いた子ども部屋の設えにより異文化を目の当たりにする赤ちゃんの視点を加味した《チンビン・ウェスタン 家族の表象》(2019)、新作《彼方(Anata)》(2022)など4点の映像作品を出展している。

新作は2つのバージョンがあり、いずれも作家の出身地であり全作品の制作地である沖縄で、ある事象の変容や流動をじっと定点で見つめる映像作品だ。8面マルチチャンネルの映像インスタレーションは、2021年に小笠原諸島の海底火山噴火により各地に軽石が漂着した頃、名護市の辺野古近くにある干潟で撮影された。浜を行き交う大勢の人々がぼんやりと映し出されるなか、作家の老父がたたずんでいる。山城によれば、最近物忘れや徘徊癖があらわれるようになったお父さんは、これまで戦争を体験した者が忘れようとしても忘れられず、語ろうとしても語れなかった記憶をようやく忘れつつある。戦後初めて自身の故郷を新たな地平で眺めているように思えるのだという。

山城知佳子《彼方(Anata)》2022,「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2022 Photo:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

もうひとつのシングルチャンネルの作品では、波間を埋め尽くす小石の粒を映した精細な映像をひたすら凝視し続ける。惑星の地表や隆起する砂漠を思わせるそのイメージは、したたかな大地の胎動と新たに生成されようとする世界の始まりを連想させる。これまでになく抽象性の高いアンビエントな音楽にも似た2つの《彼方(Anata)》の作品世界は、苛烈な現実を生きた人の精神をも静かに押し上げる力を予感させた。

山城知佳子《肉屋の女》2012年版「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」展示風景、東京都現代美術館、2022 Photo:髙橋健治 画像提供:トーキョーアーツアンドスペース

いっぽう久しぶりに観た《肉屋の女》はより鮮烈だった。発表時も強烈な身体性を伴う作品体験だったが、さらにこの10年の社会の変遷によって驚くほど切実で強靭な表現であることに気づかされる。鍾乳洞をくぐり抜けて海にたどり着く少女たち。米軍基地のなかで偶然開発をまぬがれた「黙認の浜」に漂着した肉塊。闇市の肉屋に運び込まれた肉を解体する女。その肉片を我先にと求め、焼いて喰う男たち。本作は、山城が子どもの頃に家族とご飯を食べながら壮絶な沖縄戦の話を聞かされた体験や、かつて彼女が取り憑かれていたイメージ(お腹のなかで増幅した他者の「声」に「肉」が付く)が発端となった。奪う者と奪われる者、生き延びるため喰らう肉と消化され血肉になる肉、身体の奥からせりあがる声と他者の経験を受け継ぐ肉体。そうした相対しながら共存する「生」の実体がいまいっそう鮮烈な赤い礫となって浴びせられる。

死にいたる未知の疫病と覇権主義による侵略戦争という災禍に見舞われた世界で、藤井と山城の新作が見せてくれた風景を通して思考をめぐらせたのは、過去の戦争に置き去りにされた言葉にならない意志や感情の姿だ。この時代に芸術が揺さぶることのできることはあるし、人は変化していく。そんな仮説を呟きたくなる展覧会だ。

INFORMATION

Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展

会期:2022年3月19日- 6月19日
休館日:月曜日
開館時間:10:00-18:00
会場:東京都現代美術館(東京都江東区三好4-1-1)
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 トーキョーアーツアンドスペース・東京都現代美術館
入場料:無料

WRITER PROFILE

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住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

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