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True Colors DIALOGUE
ママリアン・ダイビング・リフレックス/ダレン・オドネル
『私がこれまでに体験したセックスのすべて』
2021.4.8 – 11
スパイラルホール

Written by 住吉智恵|2021.7.13

撮影:冨田了平

 

本作品は、カナダを拠点に“社会の鍼治療”と称されるソーシャリー・エンゲイジド・アートを展開するダレン・オドネルとそのカンパニー〈ママリアン・ダイビング・リフレックス〉がこれまで世界各地で上演してきた作品だ。性を取り巻く状況が複雑で多面的になり、人生100年といわれ、現代人の肉体年齢やQOLのあり方が変化した今、シニア世代が自身のリアルなセックスについて語る切実なモノローグは多くの観客の共感を呼んでいる。

「セックスの話を聞かせてくれませんか?」という呼びかけで集まった60歳以上の出演者5人とママリアンは、20202月に1ヶ月間にわたりワークショップとインタビューを行った。5人の性体験を軸に個人史を振り返り、セクシュアリティや年齢を重ねることについてディスカッションしながら脚本を制作。最初の顔合わせでは、日本公演のスタッフや出演者ら現場にいる人全てが、First、Last、Best、Worstの性体験を告白するワークショップからスタートしたという。修学旅行の夜のように人生の秘密を共有した関係者には特別な一体感が生まれたことだろう。

撮影:冨田了平

20203月の公演が中止となり、約1年を経た20214月、コロナ禍での舞台稽古を経て、ステージ上の雛壇に並んだ出演者たちは、ノリのいいMCや巧みな通訳者、若いスタッフたち、そしてリモートで盛り上げるダレンたちに励まされながら、自らの言葉で人生を語り始める。まず最年長の出演者が生まれた1946年まで遡り、子ども時代から現在まで順を追って、自身に起きた出来事を聞かせていく。年代ごとの流行歌や出演者の思い出の曲が挿入され、時にはミラーボールが回り、舞台上の全員がフロアに集まって和気あいあいとダンスする。

性体験をめぐる対話は観客にも向けられる。「物を使ってマスターベーションしたことがありますか?」「ラブホテルでセックスしたことは?」といった質問に挙手した人の中から1人にスポットが当てられ、ダレンたちから「話したくないことは話さなくてもよい」と言われつつ、iPad越しに質問攻めに遭う。多くの人が手を挙げ、指された人はあっけらかんと自身の性の話を話す場面もあり、徐々に場が温められていく。舞台上の過剰なテンションに若干置き去りにされた観客もここで「他人事じゃない」緊張を発動させられる。

撮影:冨田了平

5人の出演者はまさに「世界で最もジェンダー意識の低い国の1つ」で多彩なバックグラウンドを持つ人たちだ。幼少期の自身のセクシュアリティの気づきや、ハッテン場デビューで開放された身体性について語る人。離婚や介護を経て現在、ドヤ街を拠点に自由な表現を求めて活動する人。トランスジェンダーで結婚して子供を育て上げ、定年後、震災をきっかけに奮起して手術を受けた人。障害を持って生まれ、知性と積極性を持ち合わせ国際的に活躍する人。高度成長期の男性中心社会でさまざまな性体験を経験した人。

作品の冒頭ではスタッフ・観客全員が起立し、そこで見聞きしたことを決して口外しない、と誓約する。レポートを執筆する際にも「プライバシーに配慮し、台本の抜き出し使用はしない」というルールがある。ゆえに彼らのプロフィールやエピソードについて詳しく記すことはできないが、いずれも上記のような一言では決して書き表わせない壮絶な人生だ。映画やドラマでなく現実の社会で、一見普通の高齢者がこのようにアップダウンのきつい人生を抱えてきたことをどんな現代史の授業も教えてはくれないだろう。出演者たちが人前で自身の脆さや苦しみをも開いて見せ、ありのままに語ろうと行動を起こした心意気にはただただ敬意を表する。

撮影:冨田了平

本公演では終始にわたって彼らの尊厳が注意深く守られていることが伝わる演出があった。まず、5人の語り口はあくまで事実だけを飄々と述べていくもので、たまにボケや自分ツッコミが笑いを誘う。クリエイションの過程では微細に語られたであろう本人の感情や意見は、脚本ではほぼカットされている。制作側も観客側も同じ事実をそのまま受け取ることで、主義主張や先入観を介さないフラットでオープンな場が生まれる。刻々と揺れ動く「解釈」という偏光プリズムを通さない物語には、冷笑やルサンチマンも、ファンタジーも、武勇伝もない。そこには決して順調ではない、時に儘ならない人生で彼らが貫いてきたことが、あたかも蒸気が立ち上るように浮かび現れるだけだ。

もう1つは、観客が知らない過去の時代に遡り、タイムラインを追いながら現在地に戻り、さらに未来を予見させる本作の構成である。公式サイトでダレンが語っているように、60歳以上の出演者たちは1940~50年代に生まれ、1960年代に青春を過ごしたフラワーチルドレンの世代だ。あらゆる価値観や既成概念が根底から揺らぎ、世界的に民主化運動やカウンターカルチャーが花開いた変革の時代、日本では敗戦の混乱から高度経済成長へとがむしゃらに駆け抜けた激動の時代、彼らは大人になりセクシュアリティの覚醒を迎えていた。語られた人生の断片からは、彼らの世代が「性」と「生」に果敢にダイブしてきた強い熱量を受けとった。人生の晩秋にさしかかった彼らが対峙してきた、とびきりエキサイティングな経験や人知れず傷ついた出来事は、生まれてからここまで歩んできた道程を観客も共に追体験することによって輝きを帯びる。

撮影:冨田了平

本作は、セックスという誰もが自分なりの経験値を持つテーマをフックに、現存する人物たちが生きてきた時代の変化と自身の人生観を内から突き破ろうとする試みだ。他者に自分を開いて見せることも、他者の人生に深く踏みこむことも簡単ではない。ママリアン独自のソーシャリー・エンゲイジド・アートの方法論はそのデリケートな領域に挑み、「社会の鍼治療(Social Acupuncture)」と呼ばれている。鍼の治療ではわずか数ミリの異物が信じられないほどの深さまで入ってくるかのような感覚があるが、的確に要所を押さえたとき、身体を通り抜けるエネルギーが潜在する自己治癒力を引き出すという。ママリアンがそこに立ち合う全ての人の秘孔を押さえるツボとは、「他者の人生を解釈せず批評しない」という誓いを立てることにあった。これは性体験やセクシュアリティに限ったことではないはずだ。社会を分断させ人間を対立させる全ての場に抜群に効き目をあらわす治療法にもなるかもしれない。

INFORMATION

True Colors DIALOGUE
ママリアン・ダイビング・リフレックス/ダレン・オドネル
『私がこれまでに体験したセックスのすべて』

本作は日本財団主催の「True Colors Festival -超ダイ バーシティ芸術祭-」の一環として制作された。
京都公演:2021年3月26日 - 28日 KYOTO EXPERIMENT
東京公演:2021年4月8日 - 11日 True Colors DIALOGUE

演出・脚本:ママリアン·ダイビング·リフレックス/ダレン·オドネル
出演:千葉、富山、兵庫、宮城出身のシニア
サウンドデザイナー・司会:入江陽
東京公演会場:スパイラルホール

WRITER PROFILE

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住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

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