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アジアン・ミーティング・フェスティバル2019
旧平櫛田中邸、北千住BUoY、ドイツ文化会館OAGホール 
2019.7.2 – 6

Written by 細田成嗣|2019.8.30

photo: Takeshi Tamura

東京では3年ぶりの開催となったアジアン・ミーティング・フェスティバル(AMF)は、2005年に大友良英によって始められ、2014年以降はdj sniffとユエン・チーワイがキュレーターとして主導してきた、アジア有数の実験音楽の祭典である。今年は7月1日から6日にかけての約一週間、日本家屋や廃墟のようなスペースから格調高いコンサート・ホールまで、様々な会場で演奏が行われた。それぞれのライヴの質の高さもさることながら、ウキル・スリヤディーとルリー・シャバラからなるスニャワ(ジョグジャカルタ)、ゴー・チャー・ミー(ハノイ)、シェリル・チャン(台北)、ダルマー(シンガポール)、ピシタクン・クアンタレーング(バンコク)、セルジュク・ラスタム(コチ)、キュレーターのdj sniff(東京)とユエン・チーワイ(シンガポール)、それに大友良英(東京)を加えたツアー・メンバーが連日セッションを重ね、またはコンサート以外の場で共に時間を過ごすことによって、一週間をかけて深まった交流の中に、音楽の強度も深化して表されていたように思う。本稿ではそのうち二つのコンサートに焦点を絞り、そのプロセスの一部を見ていきたい。

photo: Takeshi Tamura

7月5日の会場となった北千住BUoYは銭湯を改良したスペースで、廃墟の面影を残した内装が異界のような印象を与える空間だ。この日はゲストにKiller Bong、坂口光央、食品まつりa.k.a foodmanの3名を迎え、トリオあるいはカルテットによるセッションが1セットずつ行われた。どのセットも激しいノイズが空間を埋め尽くし、聴き手を圧倒するような音の力が絶え間なく放出されていく。ステージに対してスピーカーが若干離れた場所に置かれているなど、視覚的な光景と聴覚的な体験が乖離しているというのも面白かったのだが、そうした中で異色だったのは、唯一アコースティックなパフォーマンスを披露したルリー・シャバラのコンダクションによるヴォイス・アンサンブルだった。前日にワークショップで集められたおよそ30人ばかりの人々が観客に紛れ、気づけば唸り声を出し始め、次第に集まって輪になり、ハーシュノイズからドローン、さらに多言語の朗読が重なり合うなど、集団による声の壮観な音響を聴かせていった。このセットを例外に、他のセッションはいずれも「演奏すること」に焦点が当てられていたように思えた。そのことは続く翌日のイベントの方向性を意識的/無意識的に左右することになったのではないかとも思う。

photo: Takeshi Tamura

7月6日は赤坂にあるドイツ文化会館が舞台となった。ゲストはANTIBODIES Collective、石橋英子、角銅真実の3組。観客はロビーに集められ、会場と思しきホールの扉が閉じられたまま開演時間を迎える。すると遠くの方から鳥の鳴き声のような、あるいは何かが破裂するような音が聴こえてきた。ウキル・スリヤディー、大友良英、角銅真実らがロビー中央へと歩きながら演奏し、ANTIBODIES Collectiveの東野祥子とケンジル・ビエンが奇妙な踊りを舞っている。そして彼ら/彼女らの導きのもと、観客は扉の中のホールへと入っていった。会場の至る所に小さなステージがあり、暫くすると暗闇に包まれ、トリオあるいはカルテットによるセッションがグラデーションのように入れ替わりながら行われた後、全員での合奏へと移行。点在する各々のミュージシャンが周囲の音をじっくりと聴き取り、発音すべきタイミングを見計らっている。出演者も観客も誰一人として全体像を把握し切れない、未曾有の音響空間が現出していたのだが、全員が「演奏すること」に注力していたらこのような空間のダイナミクスは生まれなかっただろう。それは前日までのセッションを経て、「演奏すること」から「聴くこと」へと焦点が移り変わっていたからこそ成し得たことのように思う。

photo: Takeshi Tamura

ドイツ文化会館で見られたようなアンサンブルは、これまでも様々な会場でAMFが試みてきた独自のフォーマットであると言っていい。むろん出演者が点在して集団即興を行うというスタイルは、例えば20年前からマージナル・コンソートが試みていることであるし、さらに遡るならば、1952年にジョン・ケージがブラック・マウンテン・カレッジで行った「イヴェント」にも類例を見て取ることができる。だが背景を異にする音楽家たちが集い、即興を方法論として協働作業を行うための汎用可能なフォーマットという意味では、他に類のない実践だろう。ただし同様の合奏が初日に行われたのだとしたら、全く異なる結果に陥っていたかもしれない。ここで「聴くこと」は単なる耳と音の関係性のみならず、一週間をかけて共に時間を過ごすプロセスまで射程に収めた広がりを含み込んでいる。いわば「聴くこと」のアップデートが為されているのである。そしてこのプロセスとフォーマットの両輪こそがAMFの成果の一つであるとも言える。この成果を東南アジアのみならず、例えば中国や韓国、あるいは中近東やロシア、さらにはヨーロッパにまで視野を広げ、より多様なネットワークへと接続していくことが、今後の課題としては残されている。

INFORMATION

アジアン・ミーティング・フェスティバル 2019

日程:2019年7月2日(火)~7月6日(土)
会場:旧平櫛田中邸、北千住BUoY、ドイツ文化会館OAGホール
主催:国際交流基金アジアセンター、アジアン・ミーティング・フェスティバル事務局
協力:岡山県井原市、上野桜木旧平櫛田中邸、NPO法人たいとう歴史都市研究会、
一般社団法人谷中のおかって

WRITER PROFILE

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細田成嗣 Narushi Hosoda

1989年生まれ。ライター/音楽批評。佐々木敦が主宰する批評家養成ギブス修了後、2013年より執筆活動を開始。『ele-king』『JazzTokyo』『Jazz The New Chapter』『ユリイカ』などに寄稿。主な論考に「即興音楽の新しい波 ──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。2018年5月より国分寺M’sにて「ポスト・インプロヴィゼーションの地平を探る」と題したイベント・シリーズを開催中。

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