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PERFORMANCE

藤倉大『アルマゲドンの夢』
新国立劇場
2020.11.15 – 11.23

Written by 高橋彩子|2021.4.8

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

 

新国立劇場が、作曲家・藤倉大の書き下ろしオペラ『アルマゲドンの夢』を、リディア・シュタイアーの演出、大野和士の指揮で世界初演した。原作は、H.G.ウェルズが1901年に書いた短編小説『世界最終戦争の夢』。列車の中で語り手が見知らぬ男に話しかけられ、ヒードンというその男が夢の世界ではある国を率いるクーパーという名の政治家だったこと、愛する女との甘い生活を選んで職を辞した結果、独裁者の台頭と全体主義や大量破壊兵器の誕生を許したこと、その結果として女も自分も命を落としたことが語られるというもの。2つの世界大戦を予見したとされるこの小説を今回、詩人・オペラ台本作家のハリー・ロスが藤倉と話し合いながら英語で台本化。その際、幾つかの興味深い変更が施された。

 

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

その一つが、キャラクターの名前と設定だ。主人公は、原作における夢と現実の世界の名を合わせて“クーパー・ヒードン”と名づけられ、原作において語り手にあたる“フォートナム・ロスコー”に列車内で話しかける。フォートナム・ロスコーとは、原作の列車内で語り手が読んでいてヒードンから「そんなものを読んでもなにもわからない」と言われた本、『夢の状態』の著者の名。このフォートナムは、台頭する独裁者ジョンソン・イーヴシャムと同じ歌手(セス・カリコ)が演じる。夢が現実を侵食し主人公を脅かすという出来事が、原作とは異なり現在進行形で展開しているわけだ。また、主人公が夢の世界で愛する女には、原作では名前がないが、本作ではベラ・ロッジアという名を与えられている。ベラは美を意味し、ロッジアは原作においてクーパーが女と甘い日々を送った場所を形容した言葉だ。クーパー(ピーター・タンジッツ)とベラ(ジェシカ・アゾーディ)の睦み合いは、音楽的にも演出的(ソーシャルディスタンスを取らなければならないという事情もあってのことかもしれないが)にも、美しいがどこか現実感の薄い雰囲気が漂う。劇の中盤、ベラは自身の親こそがイーヴシャムが率いる集団「サークル」の創始者であると明かし、クーパーに彼らとの戦いを促すが、クーパーは何も行動を起こさず、破滅を呼ぶ。

 

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

こうして見ていくと、本作における役柄とは、単なる個人を超えたものであるようにも思える。クーパーにとって、現実的・行動的でありつつもどこか非現実性を帯びたベラは、彼自身の理想であり、弱い自分を叱咤激励するもうひとりの自分かもしれない。そう考えれば、ベラがクーパーから離れて行動を起こしはしないことも腑に落ちるし、脅威が外からではなくルーツから、つまり内側から生まれる点にも説得力がある。また、平凡な税理士フォートナムと独裁者イーヴシャムには一見隔たりがあるようだが、実際には市民の欲望や願望が独裁者を生み出すのであり、独裁者は市民の鏡のような存在だ。このほか、人々の恐怖を煽ってイーヴシャムの勝利に寄与する“インスペクター”(加納悦子)、誰の味方ともつかない“冷笑者”(現実を見ず享楽に耽る人々の中心にいる“歌手”と2役/望月哲也)、何も理解しないまま政治に巻き込まれていく少年兵(交代出演/長峯佑典、原田倫太郎、関根佳都)など、いつの時代にも繰り返されてきた様々な出来事を想起するに十分な人物たちが登場する。

 

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

公演パンフレットによれば、本作は、政治的なニュアンスを帯びることを恐れずに創作されたという。台本には、台本作家の母国イギリスで起きたブレグジットで推進派が頻用した「Take back control」などの言葉が盛り込まれている。短くキャッチーな言葉が人々を思考停止や陶酔状態に陥らせるのは、今に始まったことではないものの、SNS時代にあっては益々顕著だと言えるだろう。21世紀に描かれるイーヴシャムと「サークル」の台頭は、今まさに世界を覆うポスト・トゥルース時代の象徴にほかならない。劇の中でベラは「ショッピングカートは使わないで」「挨拶の言葉を思い出そう」と独特の言い回しで情報化社会や市場原理主義とその中でのディスコミュニケーションに警鐘を鳴らし、舞台上には銃を載せたショッピングカートも登場した。クーパーやベラの死とは、単なる肉体的な死ではなく、現代社会の中で圧殺される声・意見を表しているのかもしれない。クーパーとベラが命を落としたあと、場面は最初の列車の情景に戻るが、そこでも人々が死を迎える。全ては過去の夢の話ではなく、今ここで起きていることなのだ。

このように極めて現代的なテーマを有した世界を、藤倉は、強い不穏さや緊張を感じさせる幕開きのアカペラの合唱から、退廃的なパーティやフォートナムの不気味な演説、迫り来る脅威を示す嵐のようなオーケストラ、そして、死に覆われた列車の中で少年が「アーメン」と歌う胸が痛くなるようなラストまで豊かな音色で描き出し、大野の指揮のもと、歌手陣、新国立劇場合唱団、東京フィルハーモニー交響楽団がこれを体現。シュタイアーの演出も鮮やかで示唆に富むものだった。世界中がパンデミックの脅威に晒され、極化現象が一層進む今、新国立劇場からまごうことなき現代のオペラが誕生したことを喜び、今後にも期待したい。

INFORMATION

藤倉大『アルマゲドンの夢』

主催:文化庁/新国立劇場
後援:ブリティッシュ・カウンシル(日英交流年「UK in Japan」参加イベント)
協力:ドイツ連邦共和国大使館、ドイツ文化センター

台本:ハリー・ロス(H.G.ウェルズの同名小説による)
作曲:藤倉 大
指揮:大野和士

WRITER PROFILE

高橋彩子 Ayako Takahashi

早稲田大学大学院文学研究科(演劇学・舞踊)修士課程修了。現代劇、伝統芸能、バレエ、ダンス、ミュージカル、オペラなどを中心に執筆。現在、Webマガジン『ONTOMO』で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」(https://ontomo-mag.com/tag/mimi-kara-miru/)、バレエ雑誌『SWAN MAGAZINE』で「バレエファンに贈る オペラ万華鏡」、バレエ専門ウェブメディア『バレエチャンネル』で「ステージ交差点」(https://balletchannel.jp/genre/ayako-takahashi)を連載中。第10回日本ダンス評論賞第一席。

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