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PERFORMANCE

Drive In Ambient
2020.6.6, 唐松観音駐車場

Written by 三木邦洋|2021.4.7

ライブやコンサート、フェスティバルといった音楽イベントが停滞するようになって、一年が経つ。

一度目の緊急事態宣言の発令、行政への補償の呼びかけ、全国的なクラウドファンディング祭り、そして二度目の緊急事態宣言。ライブエンタメ市場の停滞が年単位で長期化することが次第にわかってくると、オーガナイザー、アーティストはもちろん、彼らを支えたいファンたちまでも、心身ともに暗闇に放り出されてしまった。

以前は暇さえあればライブハウスやクラブに足を運んでいた私はというと、一度目の緊急事態宣言が解除された後は、野外イベントのいくつかと、クラブにもなるべく足を運んだ。音楽体験への飢えと、すべてのラインナップを日本人が固めている状況への興味がモチベーションだった。だがそれも、二度目の緊急事態宣言と近しいところでのクラスター発生を聞くにつけ、次第に萎えざるを得なかった。

そんな心境のなかでも、というか、だからこそ2020年6月に山形県で開催されたあるイベントのことをよく思い返している。

過去に『岩壁音楽祭』というユニークなフェスを主催してきた10代後半から30代前半のメンバーが開催したその『DRIVE IN AMBIENT』というイベントは、その名の通り、ドライブイン式の会場で、ソーシャルディスタンスを確保しながらアンビエントミュージックを楽しむ、というのがその大まかな趣旨だ。

幻のようなひとときだったと思う。そして、あの時間に見たもの、聴いたもののなかに、音楽イベントがパンデミックの災難を進化の糧にするためのヒントがあった気がしている。

会場は山形県山形市滑川にある唐松観音駐車場。周囲は田んぼと山々という、のどかなロケーションだ。

ステージのあるスペースに等間隔で駐車し、観客は原則として車から離れない。開演時間の18時を過ぎた頃、夕焼けに赤く染まる田園風景と山肌をバックに仙台のサウンドアーティストNami Satoの演奏が始まった。

観客は車のバックドアを上げ、荷台に腰掛けながら彼女の演奏に耳を澄ます。

Nami Satoの音楽は、アナログシンセサイザーで鳴らされるメロディーや和音と、マイク録音した生楽器の演奏、フィールドレコーディングした環境音や音声などを組み合わせた、エレクトロニカ的な手法で作られている。どこか生々しさを残す美しいサウンドスケープは、一筆書きのような生命力に満ちていて、抽象的でありながら印象深く耳に残る。

仙台出身の彼女が創作を始めたきっかけには、東日本大震災での体験が大きく影響しているという。その音楽に漂う深い情感は、必ずしも悲しみや癒しといった感情をダイレクトにイメージするものばかりではないのだが、そのサウンドには一種の浄化作用のようなものを感じる。それは沈む夕陽を背後に望む光景とあいまって、一層力強く作用した。

自然のなかに組まれた『DRIVE IN AMBIENT』の舞台は、Nami Satoの音楽のためにあるものに思え、また彼女がその日奏でた音楽も、このロケーションのためだけにあるもののように響いた。良い演奏とは、そういう必然のようなものを後味として残していくものだと、つくづく思わされた。そしてそれは演奏家一人の力では実現できないことなのだろう。

車内というプライベート空間で、アブストラクトな電子音が夕陽に溶けていくようなロケーションで、友人や恋人と気ままに音楽に耳を傾ける。感染対策のために用意された「無理のない空間」は、アンビエントミュージックを聴くためのこの上ない環境となった。

アンビエントやノイズといった、聞き手がフィジカルな反応をしないタイプの音楽を、ライブハウスやクラブのような密室で、直立不動のまま聴かなくてはいけないことの辛さに思い当たる人は多いのではないだろうか。

ある音楽ジャンルが生まれ、そしてその音楽性に最適な聴取・体験環境は、それがカルチャーとして、ライフスタイルとして浸透していく過程で整えられる。アンビエントミュージックも、マインドフルネスブームとも一部接続した近年の盛り上がりのなかで、例えばフロアで寝転がりながら楽しめるものや、アンビエントアーティストだけを集めたチルな野外フェスなども増えてきている。

コロナ禍はそうした、これまで固定化されてきた音楽の楽しみ方を開放して多様化を加速させる好機にもなり得たが、音楽の現場で起こっていることの大半は、それまでの王道を代替的に再現することに終始していて、多様化とは逆の方向にベクトルが向いてしまっているように見える。ドライブイン式のイベントも、このコロナ禍で注目を集めているが、車内でダンスミュージックやロックを聴かされたところで、残念ながらそこに残る手応えは物足りなさと物理的な窮屈さがほとんどであると言わざるを得ない。

『DRIVE IN AMBIENT』は、通常のライブの代替物でしかない不完全なものではなく、ドライブインだからこそ楽しく豊かな体験ができるものを目指し、そこにバンドのステージやDJブースではあまりハマっていなかったアンビエントミュージックを持ってきた。

冒頭で「幻のようだった」と書いたのは、この『DRIVE IN AMBIENT』のような、コロナ禍以前にはなかった、しかしずっと必要だった新しい現場が開拓される瞬間に立ち会うことがその後なかったからだ。だからこそ、この『DRIVE IN AMBIENT』で味わった時間感覚を見失うほどの濃厚な音楽体験は、「ニューノーマル」という言葉に含まれたうしろめたさや喪失感とは無縁の、希望に満ちた景色として心に留めておきたい。

なお主催チームは、新たなプロジェクトとして日本橋のアートホテルを舞台にした『STAY IN AMBIENT』というイベントを5月8日に開催するという。

INFORMATION

Drive In Ambient

2020.6.6
唐松観音駐車場
出演:Nami Sato

WRITER PROFILE

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三木邦洋 Kunihiro Miki

ライター。1987年生まれ。Timeout Tokyo、Forbes Japanなどの媒体に寄稿。

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