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PERFORMANCE

フランソワ・シェニョー&ニノ・レネ
『不確かなロマンス⏤もう一人のオーランドー』
2020.12.19
彩の国さいたま芸術劇場

Written by 桂 真菜|2021.6.4

撮影:大洞博靖

 

コロナ禍の2020年暮れ、フランソワ・シェニョーは貴重な来日公演を果たした。生演奏で歌い踊る『不確かなロマンス―もう一人のオーランドー』[1] において、ジェンダーや舞踊様式の境界を超えるシェニョーの探究は、一段と進んでいた。以前、日本で披露された二作品は、ともにセシリア・ベンゴレアとの共作で、DJが放つ大音量の中で上演された。

2014年のDance New Airに招かれた『TWERK(トゥワーク)』(スパイラルホール)では、クラブやストリートで芽生えたムーヴメントが再構成され、長髪をなびかせるコミカルな化粧のシェニョーら、踊り手五人が高速で戯れ合った。「KYOTO EXPERIMENT 2018」に招聘された『DUB LOVE』(京都ロームシアター)では、三人のダンサーがユニタードにトゥシューズをつけ、古今東西のダンスを融合して新奇な動きを編んだ。例えば、抽象的な振付から花開くルネサンス絵画の三美神にも似たパ・ド・トロワ。また、ポワント(爪先立ち)で膝を左右に離して曲げるシェニョーのM字開脚は、天に伸びるバレエと地に潜る舞踏の交配さながら。

 

撮影:大洞博靖

2017年のジュネーヴ初演後、ヨーロッパ各地で称賛された『不確かなロマンス』におけるシェニョーは、モティーフにした両性具有的キャラクターを反映しつつ変貌を遂げる。そのキャラクターは、男装の少女戦士、聖ミカエル、ジプシーのラ・タララの三者で、各人物に対応した三場はいずれもスペインが舞台。副題の「オーランドー」は英国の作家、ヴァージニア・ウルフの小説の主人公で、三世紀半にわたり性と環境を変えて生きる詩人だ。

伝承や宗教的な要素と現代芸術の接続には、スペイン文化に詳しいフランス出身のアーティスト、ニノ・レネによる視聴覚効果も貢献。古楽器やバンドネオンの秀でた奏者を集めたレネが選んだ曲は、スペイン各地で継承された民謡が多い。舞台上に並ぶ四枚のパネルの図柄は17~18世紀のタペストリーのコラージュで、数種類の森の図柄が配される。それらの図柄はシェニョーの人物解釈に沿って動き、森の下に動物が並ぶ。

 

撮影:大洞博靖

第一場の少女戦士は怯えているのか、軽やかな身振りにも裸足の跳躍にも緊張が走る。ほの暗い照明の中、まろまろと響く不思議な声は、月の光を思わせる。『少女戦士のロマンセ』の詞は、男に扮して戦争に赴いた少女が、川で消える顛末だ。パネルの水中でひしめく鹿たちは、政情に流される戦士、ひいては民衆の象徴だろう。

 

撮影:大洞博靖

第二場冒頭の竹馬に乗り身体を拡張したシェニョーの登場は、人知を超えた大天使、聖ミカエルの降臨を彷彿させる。竹馬が脚の一部であるかのごとく闊歩するシェニョーは、黄色い帽子とスカートで太陽の勢い。だが、演奏者たちに支えられて竹馬を離れる瞬間、オレンジの繻子の靴に包まれた足の甲を丸め、ポワントで着地する。今もカトリックの宗教行進に使われる竹馬の上から放った神性の威厳は、床に降りると野生の俊敏に転じた。

15世紀にフランス軍を率いた乙女ジャンヌ・ダルクに啓示を与えた、といわれる聖ミカエルは、悪魔と闘う勇姿を絵画や彫刻に残す。いっぽう、スペインの文学者、ガルシア・ロルカは官能でも信奉者を集める天使を、愛に悩む美少年になぞらえて民謡の詞に記した。古代から複数の宗派で慕われる聖ミカエルの多面性に呼応するように、シェニョーは広い音域でヴァラエティに富む曲を歌いこなす。

 

撮影:大洞博靖

撮影:大洞博靖

ジプシーのラ・タララをめぐる第三場の半ばで、シェニョーはスカートをズボンに替えるが、双方を通してピンヒールを光らせ、フラメンコの足さばきで床を踏み鳴らす。尖った踵のノックと、馥郁たる古楽器やカスタネットの音色を、同時に聞く稀有な機会だ。ひとつの身体に宮廷舞踊や武道の所作も混じる、名状しがたいフォルムが行き交う。白い肌も魔術の一翼を担う。ズボンのサスペンダーと手首からひじを覆うアーム・ウォーマーは、裸の上半身に黒いラインを数本引く。胸板を三分して、手首と上腕を離すラインは、暗い背景に紛れ、ばらばらの肉片が宙に遊ぶ錯覚を呼ぶ。その光景は人間の交換可能な部分や、アイデンティティの揺らぎを想起させる。『不確かなロマンス』という題はレッテルで区別しえない人間の複雑さを示唆しているのかもしれない。

 

La Tarara, Nino Laisné, engraving after Gustave Doré, 33,5 x 25 cm, 2017 © Nino Laisné

ラ・タララの運命を追う哀調の民謡は、山で暮らす切なさを鳥獣に語る孤独な姿を思わせる。性が重層した魅惑をたたえ、野生動物とも対話できる並はずれた資質が、共同体での疎外をもたらすのだろうか。規範をはみだす曖昧さゆえに排斥される苦境は、劇場で配布された解説・歌詞対訳本に載ったレネのイラストにも滲む。すり切れたスカートを履いた、顔や腕がいかつい人物が、裸足で道を歩む……。この絵は19世紀フランスの画家、ギュスターヴ・ドレのデッサン「ベルハの百歳の乞食と孫娘」(1867)に刻まれた若い女性に、「男性的な」特徴をレネが加えたもの。加筆されたイメージは、迫害を受けやすい社会的少数者の面影を宿す。実験性豊かなパフォーミングアーツには、性や民族にまつわる差別を受ける者の、尊厳を求める闘志も流れていた。

[1] ロマンスの意味は、中世スペインで好まれた8音節詩句の小叙事詩

INFORMATION

フランソワ・シェニョー&ニノ・レネ
『不確かなロマンス⏤もう一人のオーランドー』

日時:2020年12月19日
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
コンセプト・振付:フランソワ・シェニョー
コンセプト・音楽監督・演出:ニノ・レネ
出演:フランソワ・シェニョー(ダンス・歌唱)、ジャン=バティスト・アンリ(バンドネオン)、フランソワ・ジュベール=カイエ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)、ダニエル・ザピコ(バロックギター、テオルボ)、ペレ・オリヴェ(パーカッション)
主催・企画・制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団

シェニョーは舞踏家の麿赤児と構想・共演した『ゴールド・シャワー』(2020年ナンテール初演)に出演するために、今年の10月に再来日の予定(10月8日、秋田県立児童会館けやきホール。10月15~17日、世田谷パブリックシアター。10月23日、滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール)。

WRITER PROFILE

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桂 真菜 Mana Katsura

舞踊・演劇評論家として複数のメディアに寄稿。㈱マガジンハウスの編集者(雑誌ブルータス、書籍「アンのゆりかご、村岡花子評伝/村岡恵理著」「シェイクスピア名言集/中野春夫著」「現場者/大杉漣著」等)を経て現職。実験的な作品から古典まで、多彩なパフォーミングアーツを巡り、芸術と社会の関係を研究。90年代前半から海外の国際芸術祭を視察し、美術評論や書評も手掛ける。国際演劇評論家協会(AICT) 会員。早稲田大学演劇博物館招聘研究員。

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