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PERFORMANCE

板橋文夫&kuniyuki takahashi
Billboard Live YOKOHAMA 2022.1.6

Written by 三木邦洋|2022.3.17

photo: moeko sawada

ジャズピアニストの板橋文夫とサウンドデザイナーでDJのKuniyuki Takahashiが、2022年1月6日、Billboard Live YOKOHAMAにてデュオのライブを行った。2人は、Kuniyukiの作品に板橋が客演するかたちでこれまでに幾度も共作しているが、デュオとしてのライブは意外にも初めてなのだそうだ。

Opening Act: クリコー・クーシアン、photo: moeko sawada

ジャズが生まれた国アメリカでは今、ジャズの存在はもはや特定の音楽スタイルではなく様々なジャンルや世代のミュージシャンが交差する、多様な表現を生む受け皿になっている。日本でも、アメリカほどの活況ではないが若手のジャズミュージシャンたちが躍進し、ジャズとポップスの世界を往来して存在感を放っている。彼らにとってポップスはセルアウトではなく刺激的な実験の場なのだ。その一方で、日本のアンダーグラウンドなジャズシーンが輩出してきたミュージシャンたちが、欧米のシーンにおいても類をみない驚嘆すべきオリジナリティのある音楽を鳴らしていることは、もっと注目されていいはずだ。

60年代の日本でフリージャズを開拓した富樫雅彦や山下洋輔ら第一世代のミュージシャンたちは、アメリカからの輸入を待たずして自主的にいちはやくモダンジャズのその次を形作ったが、彼らのその遺伝子は今も受け継がれている。この日の板橋とKuniyukiのライブは、そうした日本のジャズシーンの地下で脈々と醸成されてきたなにかが、シーンの外にある音と交わることで新しい地平を見せたすばらしい内容だった。

photo: moeko sawada

板橋とKuniyukiのつながりを簡単に振り返ってみる。彼らの共演が聴けるのは、Kuniyukiの「Walking in the naked city」(2009年)と「Feather World」(2012年)のアルバム2作と、板橋の代表曲『渡良瀬』をKuniyukiらハウス系プロデューサーが再構築した12インチシングルの「WATARASE」(2021年)だ。「Feather World」収録の『Get Up With You』は2人がそれぞれ実践してきたアフリカの音楽に対する解釈を持ち寄ったような曲だ。Kuniyukiのコンガ中心のリズムの上を、板橋の持ち味が存分に発揮された縦横無尽に駆けるピアノが聴ける。

この日のライブも、基本的には『Get Up With You』に近い演奏スタイルで、板橋のピアノを主体にしながらKuniyukiがデジタルのハンドパーカッションや生のコンガを叩き、節目で柔らかいシンセの音が鳴らされるかたちで展開された。いわゆる「打ち込み」の音と生楽器のセッションでは、生楽器側が刻まれるリズムに寄せてかっちりとしたプレイをすることも多いが、2人のやり方はグリッドではなく呼吸で合わせる生々しいセッションだった。

Billboard Live YOKOHAMAのシックな会場であっても、板橋はいつも通り序盤から中腰弾きで鍵盤を肘で激しく連打する。そこから、殴り弾きこそ収まれど音の熱量はそのままに、Kuniyukiと音を連ねていく。

photo: moeko sawada

中盤では『渡良瀬』も披露され、そこから板橋の長尺のソロがあった。Kuniyukiの音が消え、濃さを増す緊迫感のなか繰り広げられたプレイは圧巻だった。ここから再び音を重ねていくことは無粋なのではという雰囲気すらあったが、一呼吸おいて慣らされたKuniyukiの綿密極まりない質感のビートとシンセサウンドが、板橋のソロの熱気の余韻をきれいに掬い上げた。そして、2人のセッションはさらに弾みをもって展開していった。

板橋とKuniyukiは、どこか霊的な音楽性など近しい感性を共有していると思うが、なにより重要な共通点は、日本的な感性を織り込んだオリジナルなスタイルを探求してきたことだろう。彼らが求めてきた表現がステージ上で交わったからこそ、この日、板橋の音ならぬ激しい打鍵音はいつもとは違った響きを帯びて、Kuniyukiのサウンドもソロでのパフォーマンスとは違う次元で鳴っているように聴こえた。

photo: moeko sawada

こうしたジャンルを越えたセッションには、かつては異種格闘技的な様相もあったかもしれない。しかし、板橋たちのようなミュージシャンの懐は底知れなく深い。国内外のモダンジャズ以降のジャズを研究していた評論家の副島輝人は、板橋を含む日本のフリージャズ第3世代の音楽性について「世を震撼させる超前衛ではない。しかし、彼らの創造は十二分に<心の自由>を訴えかける」と書いていた。それは、方法論でなく楽器演奏に表現のすべてを託す方向に日本のジャズが進み始めたことを示していた。

副島が言う第3世代の筆頭である不破大輔率いる渋さ知らズオーケストラがヨーロッパで大人気を博してからそれなりの時間が経ったが、それ以降シーンが停滞しているかと言えばその逆だと私は思う。日本でもジャズの拡張は独自に起こっており、世代を超えたコラボレーションによって新しい表現が生まれている。板橋とKuniyukiのセッションは、板橋が築いてきた音楽に対するKuniyukiの深いリスペクトが大きな実を結んだ結果である。こうした現場を、もっと多くの人に体験してほしいと切に思う。

INFORMATION

板橋文夫&kuniyuki takahashi

Billboard Live YOKOHAMA
2022.1.6
Opening Act: クリコー・クーシアン
DJ: MIDORI AOYAMA

WRITER PROFILE

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三木邦洋 Kunihiro Miki

ライター。1987年生まれ。Timeout Tokyo、Forbes Japanなどの媒体に寄稿。

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