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PERFORMANCE

花紅柳緑 Red Bull Music Festival Tokyo 2019
浜離宮恩賜庭園 2019.4.20

Written by 三木邦洋|2019.7.8

Yasuharu Sasaki / Red Bull Content Pool

繊細な音楽を繊細なまま

Red Bullが都内各所を会場に開催した『Red Bull Music Festival Tokyo』(以降、RBMF)。例年同様、国内外のミュージシャンやDJがブッキングされたそれぞれのプログラム(今年は7つ)が個性的なコンセプトを持つ。過去には、貸切の「カラオケ館」一棟に日本の気鋭トラックメイカーを集めたり、走行する山手線の車両内でライブやDJパフォーマンスを行ったりと、まず普通のプロモーターでは実現できないであろうイベントも多数企画してきた。アンダーグラウンドな音楽にフォーカスしながらもしっかりとバズにも繋げる巧みな手法は、日本の音楽シーンに「これくらいやってみろ」と言わんばかりの刺激を与えている。

2019年のプログラムのうち、特に印象的だったのが、夜の浜離宮恩賜庭園を丸ごと会場として使ったイベント『花紅柳緑』だ。イベントのコンセプトは「アンビエント・ミュージックと光の演出で、自然とテクノロジーの共存を体感」。

Suguru Saito / Red Bull Content Pool

タイミング的には、海外で濱瀬元彦、久石譲、細野晴臣らのアンビエント/ニューエイジ時代の作品のリイシューがなされたり、シアトルのレーベル「Light In The Attic」が日本の環境音楽を取り上げたコンピレーションをリリースしたことによって盛り上がりが決定的となった、日本の80〜90年代アンビエント/ニューエイジの再評価も背景にあるはずで、少なくともそこを足がかりに、アンビエントやビートレスな音楽の広がりを伝えるイベントであると読み取りたくなる。

Yusuke Kashiwazaki/Red Bull Content Pool

環境音楽の名盤『DANZINDAN-POJIDON』が再発売されたINOYAMALANDの出演は、まさにその流れを体現している。彼らを目当てにやってきたであろうファンも多く、うち三割ほどを欧米人が占めているように見受けられた。INOYAMALANDは、巻上公一がプロデュースする前衛劇の音楽制作のために1977年に結成された山下康と井上誠からなるシンセサイザーユニットだ。1983年発表の『DANZINDAN-POJIDON』は、細野晴臣主催のYENレーベル傘下MEDIUMからリリースされた作品で、日本のアンビエント/ニューエイジ再評価のひとつの特徴でもある、オリエンタルで桃源郷的な世界観のサウンドを象徴する一作だ。

思えば、こうしたグローバルでかつニッチな再評価トレンドに対して即座に反応し、ここまで作りこまれたイベントという形で表現・発信できること自体、コンセプチュアルなプログラムの集合体であるRBMFならではと言える。INOYAMALANDと同じく再評価のテーブルに乗せられているアーティストのなかには、現在では当時と異なる音楽性に突き進んでいる人々も多いため、当時のサウンドや世界観を期待する観客を裏切らない「あの音」を奏でてくれるINOYAMALANDのライブはやはり貴重な体験だった。

Yusuke Kashiwazaki/Red Bull Content Pool

一方で、イベント序盤に披露された2人の気鋭クリエイター、Nami SatoとLoradenizによるコラボレーションライブは、即興の要素が多く、体感的にはテクノのグルーヴを細分化した果てのノンビートといったサウンドで、ランドスケープ的に「自然とテクノロジーの共存」を体現していたINOYAMALANDとはまた違った角度で、このイベントに奥行きを与えるものだった。

Suguru Saito / Red Bull Content Pool

そうした、ジャンルの定義に沿った「アンビエント」というよりは、近年の時代の気分ともシンクロする「アンビエント的ななにか」を多角的に拾う『花紅柳緑』のハイライトは、間違いなくKate NVのパフォーマンスだった。

Kate NVことケイト・シロノソヴァは、ソロプロジェクトを開始する以前にはモスクワのGlintshakeというポストパンクバンドで歌っていた。Kate NVとしての一作目は2014年のEP『Pink Jungle』で、これは、当時らしいヴェイパーウェイブ的なメタ感覚を持つポップソング。ここまでは、意地悪く言えばトレンドをうまくフォローした音楽キャリアだが、彼女の才能の異色さが世に注目されたのは2016年のアルバム『Binasu』からだった。そして、その予感に満ちたそのサウンドに切り込んでいったブルックリンの音楽レーベル「RVNG」のオファーによって産み落とされたのが『для FOR』だ。「『恋に落ちる』よう」に誕生した(※参照:AVYSS「Kate NV|インタビュー」)という同作は、彼女がアート・リンゼイやレイ・ハラカミのような、マテリアルを選ばない、触れるものすべてを音楽的に鳴らすことができる稀有な資質の持ち主であることを証明した作品だ。

Yasuharu Sasaki / Red Bull Content Pool

『花紅柳緑』でのライブの話に戻ろう。池にせり出した茶室「中島の御茶屋」ステージは鑑賞スタイルもユニークで、観客は緋毛氈が敷かれた畳の間に座り、テラスで演奏されるパフォーマンスを観る。ケイトのステージにセットされた機材は、シンセやルーパーの類のほかにおもちゃサイズの鉄琴やワイングラスなど。ライブ中はオケのトラックを再生することはなく、すべての音の構築をリアルタイムで行う。

演奏はおもむろに一種類の音色からはじまり戯れのように音が重ねられ、唐突に終わる。しかし、戯れが戯れで終わってしまう「実験的」を笠に着た音楽とは、彼女の演奏は似て非なるものだ。

端切れの音や声の集まりがいつの間にきらびやかに音楽的に響きだすあの瞬間は、とにかく神秘的だった。彼女の背後に広がる夜の池と庭園に溶けて行くような音の連なりに、まんまと「自然とテクノロジーの共存」の可能性について想いを馳せてしまった。

Yasuharu Sasaki / Red Bull Content Pool

『花紅柳緑』で演奏されたすべての音楽は、ビートやベースラインがないというゆるい共通項のみで繋がっていた。今我々が日常で触れるポップスやダンスミュージックのなかにはビートとベースラインのない音楽というものはほとんど存在しなくて、それらは曲の解釈をある程度固定して空間に中に居場所を陣取る性質を否応無く持つが、そうじゃない音楽の楽しみ方を知る場として、繊細な音楽が繊細なまま楽しめる『花紅柳緑』のようなイベントがもっと増えてくれると嬉しい、と考える人は案外多いんじゃないだろうか。

Yusuke Kashiwazaki/Red Bull Content Pool

INFORMATION

花紅柳緑 Red Bull Music Festival Tokyo 2019

浜離宮恩賜庭園
2019.4.20

WRITER PROFILE

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三木邦洋 Kunihiro Miki

ライター。1987年生まれ。Timeout Tokyo、Forbes Japanなどの媒体に寄稿。

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