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PERFORMANCE

きわプロジェクト
2021.8.19 – 8.22
曹洞宗 萬亀山 東長寺

Written by 住吉智恵|2021.11.9

街中などで映像空間演出を手がけてきたクリエイティブディレクターの向井知子とパーカッション奏者の永田砂知子の共創による映像音響公演「きわにたつ」「きわにふれる」が、この8月、曹洞宗 萬亀山 東長寺で開催された。パンデミックによる延期で今夏の開催となった本公演は、同じく延期となった東京オリンピック・パラリンピックのちょうど中休みにあたる時期に行われ、現代のライブパフォーマンスとスペクタクルのありかたについて熟考する機会ともなった。

バシェの音響彫刻の修復運動・演奏活動でも知られる永田砂知子は、「波紋音」(はもん)というオリジナル打楽器の演奏家だ。「波紋音」とは、現代彫刻の作家が鉄を叩いて作りあげた2つとして同じ形のものはないオブジェであり、切れ目を入れて独特の音色を響かせるスリットドラムである。

軽やかにバチを弾ませて奏でる音階や音色もまた楽器の形状や大きさによって唯一無二のものとなる。小さめの波紋音は水琴窟を思わせる煌めくような音色。大きな波紋音は青銅の鐘のような空気を包みこむ音色。奏者を囲むように床に並べられた楽器をリズミカルに連打すると、重層的な音のうねりが寄せては返し、音同士の揺らぎが伝わってくる。ガムランやミニマルミュージックを彷彿させるが、その陶酔感はより硬質で厚みのある宙吹きガラスのような感触で、原始的でありながら理知的なアウラを感じさせる。だからこそ都会の中心にある東長寺の名匠の美と現代美術の知を尽くした空間で行われるパフォーマンスは格別な体験となることが期待された。

写真:矢島泰輔

本公演のパフォーマンスは2つの異なる形式で展開された。

「きわにふれる」は、寺院として世界初のパッシブハウス認定を受けた東長寺文由閣の講堂を舞台に、向井の映像作品が半円の壁面にパノラマで投影され、それを背に座した永田が波紋音を演奏する。

「自生する自然」と「構築された自然」を素材に国内外で撮影された映像は、森林や草原、海原といった大自然の創造物と、鮮烈に弾けながら網膜に浸透する色のつぶてとがせめぎ合い、具象と抽象、現実世界と心象風景を行き来するイメージの旅だ。さらに波紋音のサウンドにやわらかく包まれた身体は、上質のマッサージを受けたかのように重力を失い浮遊しようとする。桃源郷さながらの作品世界は「快さの極み」で、(お寺だけに)良く生きれば死後こんなところに行けるのだろうかと、多幸感で意識が遠のきそうであった。

写真:矢島泰輔

「きわにたつ」は東長寺の水の苑にて行われた。本堂に投影されたパブリックプロジェクションと、宙空に放たれた波紋音の演奏が、都市の環境と一体となる試みだ。回廊に車座になった観客は、最小限の照明と借景となる高層ビルの窓灯、雲間に朧げに光る月明かりをたよりに目を凝らし、耳をすませて上演を待った。本堂前のステージとの間には水を隔ててかなりの距離があるからだ。

やがて静かに滑りだした音楽は水面をわたり、樹々のざわめきや虫の声、こうもりの羽ばたきといった環境音と呼応しながら回廊全体に遍く行きわたる。映像も本堂のファサードから横溢して水面に広がっていく。天空の星座、ノルウェーのフィヨルドの水ぎわに彫られた先史時代の岩絵、極楽浄土を思わせる水草の池。それぞれのシークエンスで展開されるモチーフは、波紋音の音楽性や寺院の空間性と連関し、さらにこの惑星に棲む人間の歴史と現在地を示していた。終盤、新宿のビジネス街のイメージがせり上がり、燃えるような鮮烈な光に舞台が包まれると一夜限りの旅はクライマックスを迎えた。

唯一無二の波紋音の演奏とサイトスペシフィックな映像空間によるパフォーマンスはそれじたいが純度の高いセッションであったが、さらに都市のエアポケットのような東長寺の空間に醸成された荘厳なたたずまいを纏って、この場所・この時間でしか成立し得ない幽玄な空気を浮かび上がらせた。

写真:矢島泰輔

だからこそ惜しいと思わせたのは、「きわにたつ」で別途制作された電子音楽のバックトラックを取り入れるなど、従来のスペクタクル感を強調しようとしたことだ。また演奏者の姿が映像にかき消されてしまうレイアウトや照明計画にも再考の余地がある。彫刻でもある波紋音の存在感やストイックな演奏者の所作もライブパフォーマンスの重要な要素だからだ。音楽、映像、空間がいずれも最高のパフォーマンスとなる着地点を見通し、バランスを構築する演出家の視点があれば、本公演はさらに研ぎ澄まされたものになるだろう。

「きわプロジェクト」は、老若男女だれもが知識や感度に関係なく、その清廉な美しさに素直に心打たれ癒されるような風景をそこに立ち上がらせた。「御参り」と同様に精神を浄化してくれる体験をいま必要な人に届けてほしい。

写真:矢島泰輔

INFORMATION

きわプロジェクト

きわにふれる
開催日:2021年8月19日(木)、21日(土)、22日(日)
会場:曹洞宗 萬亀山 東長寺 文由閣
主催:きわプロジェクト実行委員会
映像空間演出:向井知子
波紋音演奏:永田砂知子

きわにたつ
開催日:2021年8月20日(金)
会場:曹洞宗 萬亀山 東長寺 水の苑
主催:きわプロジェクト実行委員会
映像空間演出:向井知子
波紋音演奏:永田砂知子
サウンドデザイン:小倉一平

WRITER PROFILE

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住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

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