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PERFORMANCE

SUGAI KEN
2020.2.8 落合soup

Written by 三木邦洋|2020.4.16

「作為」「無作為」の間で響く、叙情派ミュージックコンクレート

SUGAI KENの音楽が痛快なのは、ヒップホップとの出会いからサンプリングミュージックを知り、その音楽性を自らの日本人的なアイデンティティに置き換えながら手法を掘り下げるうち、湯浅譲二や黛敏郎といった現代音楽家が1950〜60年代に作ったミュージックコンクレート作品を思わせるような現在のスタイルに行き着いたということだ。

そして、聴覚だけでなく視覚も刺激する様々な演出、仕掛けが用意されたライブには、独自の「作法」と呼べるようなものさえ確立されている。音楽とこの作法が渾然一体となることで、音源だけでは理解し切ることのできなかった部分が補完される。聴いたことのあるような、ないような音から、見たことのあるような、ないような景色が現れ、観客の意識はどっぷりとその世界へと埋没していく。

過去に何度か、六本木スーパーデラックスや野外フェスティバルなどでそのライブは観てきたが、2020年2月8日に落合soupで行われた、ベルリンの音楽家Andrew Peklerの来日記念イベントでのSUGAIの演奏は特に素晴らしいものだった。

落合soupは電子音楽家の西山伸基が運営しているイベントスペースである。ドローンやノイズ、テクノ系のアーティストが演奏することが多く、その音響もそれらのジャンルに非常にフィットしたつくりになっている。過不足なくクリアに音が空間に充満するこの音響は、繊細な音とダイナミックな音の振れ幅が大きいSUGAIの音楽とも相性が良い。

激しめのノイズサウンドで幕を開けたライブは、次第に音数を減らしていき、変調された声や虫の鳴き声、物と物がこすれる音といった様々な具体音が耳に飛び込んでくる。セット全体は『佃 Tsukuda』『源郷 Genkyo』『万等天目 Bantotenmoku』などの、音源がリリースされている楽曲も含めた数曲で構成されているのだが、つなぎ目はなく大きな一曲として捉えられる。緩急が巧みにつけられていて、要所で張り詰めた状態からカタルシスに向かう展開が訪れる。

彼の音楽はディスクレビューなどでしばしばアミニズム的と表現される。楽曲に笙(を模した「電子笙」とのこと)や拍子木などの邦楽器の音が効果的に使われていることによって神道的な雰囲気が感じられることが理由だと思うが、ライブを観ると、それらの楽器から由来する印象は部分的なものに過ぎないことが分かる。

冒頭に書いた「作法」は、文字通りSUGAIのライブ中の動きを指している。例えば、彼は演奏中に自分の手元を照らすための小さな明かりを演出道具として非常に効果的に使うのだ。展開に合わせて静かになるところで消して盛り上がると点灯する、というわけではなく、独特なタイミングで暗示的に暗闇がコントロールされる。観ている側は、瞑想と覚醒がゆるやかに繰り返される感覚が段々と深まってくる。

ラップトップを用いたライブでは、大抵の演者はモニターとにらめっこをしているものだが、彼はその照明の明滅の操作だったり、マイクに向かって鳥笛や鹿笛を吹いたり、さらに鉦(チェンチキ)を片手にゆっくりと客席に出て来て徘徊したり、といったパフォーマンスを流れるように行う。ロックバンドのパフォーマンスのような衝動的なものではなく、ひとつひとつの動作に意味があり、なにか決められた型に沿って儀式的に動いているような印象だ。しかし、音楽にも動きにも規則性はないので、部分的に切り取って見る限りは即興的な動きにも見える。

ライブの序盤から終盤までを通じて使われていた「作為」「無作為」と発するサンプリングボイスが非常に印象的で、SUGAI本人「とても重要なテーマの為、長らく使用している」と語っている。まさに「作為」と「無作為」の間を揺れるように行き来する音楽だ。そこで鳴らされる様々な具体音は時に叙情的に、時に非常な緊迫感を持って響く。ミュージックコンクレートの原点となる「騒音芸術」を提唱したルイジ・ルッソロは「都市の騒音に美しさや楽しさを見出す」ことを標榜したが、SUGAIの音楽はその系譜に正しくあると言えそうだ。

また、ライブごとに新たなフィールドレコーディング素材を録音して使っているらしいという噂についてもその通りらしく「毎回、その日ライブをする会場の鎮守である神社にまつわる祝詞は必ず作ります。電子音楽系のライブに欠落しがちな『当日感』を少しでも観客の方々に感じていただきたく」とのことだ。このサービス精神とも言える細やかな仕込みや演出が、あのある種の「事件」のような雰囲気を作り出し、観客を飽きさせないのだ。

彼がミュージックコンクレートに傾倒する理由にもまた、独自の解釈がある。

「稚拙な見解かもしれませんが、日本的な音楽をオーソドックスな電子音楽のアプローチで作ると“スベってしまう”理由は、平均律がどうこうという五線譜上の問題ではないと思っています。
波形をシンセサイズする、要するに疑似化を基本概念にすることが西欧的(≒偶数的)な電子音楽ならば、その祖先とも言えるミュージックコンクレートの方が日本古来の音楽のディープな部分で親和性が生まれるような気がしています。
『見立てる』という感覚がこれに近いのではないかと思っていて、使用する『素材』としての録音音源が本来とは違う役割を果たすことによって生まれる表現の方が、しっくりくるのです。ヒップホップのサンプリングからスタートして、ようやく一回りしてきた感もあります」

5月に予定されていたヨーロッパツアーは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期になったものの、多作家な彼は現在も制作の真っ最中だそうだ。次回の国内でのライブも未定だが、いわゆるアンダーグラウンドなエレクトロニックミュージックのライブとは一味もふた味も違う彼のライブを、ぜひ多くの人に観てもらいたい。

INFORMATION

SUGAI KEN

ANDREW PEKLER / EX CONTINENT
2020.02.08 (Sat)
at Ochiai Soup

Open 17:30 | 2,500yen

Live:
Andrew Pekler – Phantom Islands Live A/V
Ex Continent
Sugai Ken
Ultrafog
Kazumichi Komatsu
Hideki Umezawa + Koichi Sato

DJ:
Kazunori Toganoki
Nobuki Nishiyama

WRITER PROFILE

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三木邦洋 Kunihiro Miki

ライター。1987年生まれ。Timeout Tokyo、Forbes Japanなどの媒体に寄稿。

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