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PERFORMANCE

田辺知美・川口隆夫「ザ・シック・ダンサー」
BUoY、2018.2.9 – 11

Written by 岡見さえ|2018.5.17

元・銭湯とボウリング場の建物を改造して、2017年に北千住にオープンしたBUoY(ブイ)は、今、東京で最も実験的なパフォーマンスが見られる場所の一つだ。そこで暗黒舞踏の創始者・土方巽のテキスト『病める舞姫』に基づく、刺激的なパフォーマンスが上演された。
『病める舞姫』は、純度の高い言語と思想によって編み上げられた、混沌として美しい書物だ。「一瞬からだで生きられてしまったような機能不全の浮き方をしている」「分裂してはいるがかすかに融和をはかるような記憶体」等々、そこでは身体というそれ自体不条理な存在が、撞着語法を駆使した修辞を幾重にもまとい、怪しい魅力を放っている。舞踏家の田辺知美、パフォーマーの川口隆夫は、この長く難解な“舞踏の聖書”を、テキストに現れる「畳」というオブジェを鍵に読み解いてみせる。

©Masabumi Kimura

天井の低い、薄暗い地下室。観客は中央に畳が敷かれた空間を囲み、息を潜めてはじまりを待ち望む。儀式のように、動かぬ女を乗せた戸板が運ばれてくる。畳の上に置かれ、全身に地図が投影され、無機質な気象情報のアナウンスが流れるなか、肌色の薄布に詰め込まれた身体は、球体関節人形のいびつな優雅さで伏したまま四肢をたわめ、このもう一枚の人工の皮膚との戦いを続ける。
ひっそり奥から、赤い振袖を頭からかぶった男が現れる。畳に近付き、女を着物に巻き込み、組み合い、着物と女を捨て、場を征服する。男は背中側に顔を描いたマスクをかぶっていて、表情は伺えない。男は朗々と響く声で土方のテキストを諳んじながら、畳と格闘する。横臥し、四肢を曲げ伸ばし、立ちあがり、畳の外に出ると畳を背負い、持ち上げ、よじ登り、馬乗りになる。日本で畳は部屋の広さの単位(モジュール)であり、最小限の個人スペースだ。それを2人はそれぞれの方法でじっくりと検分するのだ。女はささやかな領土にひたすら固執し、男は外へと拡張しながら。

©Masabumi Kimura

この空間から、観客は地下室のもう一隅の大浴場跡に導かれる。モザイクに覆われた壁を伝い、タイルにみっちり覆われた床を移動し、滑らかな曲線を描く浴槽に沿い、新しい空間を二人は身体で探る。女は赤い着物をしどけなくまとい、男は赤いジャージから手繰り出した赤い紐と格闘し、血管にも臍帯にも似たこの絆に結ばれて、二人は踊る。それは奇妙な夢のようでもあり、その奇矯さゆえに目を離せない美しさがある。青が基調の照明はいつしか赤に転換し、ダンサーも観客も、空間も、全てが紅の光と影に染まっている。
田辺は土方の教えを受けた経験もある舞踏家。川口はダムタイプでの活動を端緒に、舞踊、演劇、映像、美術の領域を探求し続け、近年は大野一雄や土方巽のアーカイブを紐解きパフォーマンスを展開している。異なる経験から身体に向き合い、動きを構築してきた2人は、その知性で土方のテキストを濾過し、その身体に受肉させ、2018年に病める舞姫を蘇らせた。

©Masabumi Kimura

2人の仕事は、この直後に横浜で、チョイ・カファイの『存在の耐えられない暗黒』(TPAM2018)を見たゆえ、その誠実さと重要性をいっそう印象付けたことも付け加えよう。世を去って既に30年以上が経つ、暗黒舞踏の創始者のあらゆる神話的言説を解体し、再構築を行う身振りを取りながら、恐山の霊媒に“土方の霊の言葉”を語らせ、デジタル処理した土方の動きをアバターに踊らせ、歴史的コンテクストを恣意的に引用するカファイの“ワークインプログレス”は、結果として作家が退けることを目指したはずの、土方の名を利用した皮相なデモンストレーションに留まっていたのだから。

INFORMATION

田辺知美・川口隆夫「ザ・シック・ダンサー」

2018年2月9 - 11日
BUoY
http://www.dance-archive.net/jp/news/news_07

WRITER PROFILE

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岡見さえ Sae Okami

東京都出身。トゥールーズ・ミライユ(現ジャン・ジョレス)大学および上智大学にて博士号(文学)。2003年から『ダンスマガジン』(新書館)、産経新聞、朝日新聞、読売新聞などに舞踊評を執筆。日本ダンスフォーラムメンバー、2017年、2018年横浜ダンスコレクションコンペティションⅠ審査員。舞踊、文学関連のフランス語翻訳も手がけ、フランス語、フランス文学、舞踊史を慶應義塾大学他にて教えている。  

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