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『カモン カモン』
マイク・ミルズ監督・脚本

Written by 福嶋真砂代|2022.4.26

 

子どもたちと、未来について考える旅をしよう

マイク・ミルズ監督は、自分の子供をお風呂に入れているときにインスピレーションを得て、脚本を書いたという。どおりで泡のようにやわらかな(ちょっとはかない)感触が映画全体を包み込む。『人生はビギナーズ』では自分と父親、そして『20センチュリー・ウーマン』では母親との関係を考察したミルズは、本作で「子どもたちと未来」を見据え、イマジネーション豊かな、そして親密な世界を描いている。ニューヨークを拠点に活動するラジオジャーナリストのジョニー(ホアキン・フェニックス)は、LAに住む妹ヴィヴ(ギャビー・ホフマン)から、ちょっと風変わりな息子のジェシー(ウディ・ノーマン)を数日間預かって欲しいと頼まれる。ほとんど初対面の伯父ジョニーと甥っ子ジェシー。ふたりはLAからニューヨーク、ニューオリンズへとインタビュー取材の“デコボコ”旅をする。ジョニーの隣で、波の音や街の音、ヘッドホン越しに「世界」を感じようとするジェシー(“ミニジョニー”と同僚から呼ばれる)はまだほんの9歳児。ホームシックにもかかり、街なかで突然すがたを消してはジョニーをパニックに陥れる。

Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

ジョニーは、一見コミュニケーション能力に長けている。誠心誠意、相手と話すことで、理解はできなくてもつながろうと努力する。ジャーナリストとしての性(サガ)なのかもしれない。かなり年下のジェシーにも、努めて同じ目線で接しようとする。だが「感情表現は下手だね」と言い当てる鋭い甥っ子にタジタジの独身中年である。子育ての楽しさとともに、仕事との両立の「リアル」を思い知る。ある日ジェシーを怒鳴ってしまい、落ち込むジョニー(がたまらなく愛おしい)。妹のアドバイスで、ぎこちなく「許しの儀式」を行うと、「ママは何も見ないでできるのに」などとジェシーに諭される。どちらが大人かわからない。でも少しずつふたりの距離は縮まっていく……。

Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

注目すべきは、演じるホアキンとウディがおどろくほど対等なポジショニングで、うまく言えないが、「自然な演技」を越えた「自然体」をみせる天才プレイだ。ホアキンは「ウディが僕のガイドとなって、毎日目の前にいてくれたから出来たんだ」と秘密を明かす。ウディからの変化球を絶妙なタイミングで打ち返すホアキン、今作でも緩急自在な感性に魅了される。そしてもちろんミルズ監督の綿密な演出は隅々に息づいている。

さらにユニークなのは、ホアキンらが実際にインタビューした「未来について、人生について」を語る9~14歳の子どもたちの「生の声」がドラマ中にリミックスされ、フィクションとドキュメンタリーが境界なく行き来するところ。またモノクロームの映像は(ヴィム・ヴェンダース監督『都会のアリス』(1973)にリスペクトを捧げ)、心の動き、街の風景、自然の営みを、不思議と“カラフルに”伝える。「“寓話”のようでもあり、大人と子どものおとぎ話の原型的なイメージで、白と黒の絵が現実世界から引き離すような抽象化を強化したかった」とミルズが語るように、洗練を極めた映像が鮮やかな陰影を映しだしている。

Woody Norman, Gaby Hoffmann (L-R)

 

映画を観るだけで身体がリラックスし、心が落ち着く、そんなエネルギーも感じる。旅先のベッドにふたり並んで寝ころび、または森の中へ出かけ、かたい殻に覆われた「コア」を解放させる、いわばヒーリングプロセスを体験する。さらに折々にミルズの愛読書から言葉の引用がタグ付けされ、とりわけ絵本「星の子供(Star Child)」(クレア・A・ニヴォラ著)は、地球人の切なさ、愛おしさ、かけがえのなさを、宇宙的な視点から説いている。旅は、彼ら(わたしたち)が「星」に還るまで(つまり、人生が終わるまで)ずっと続いていくのだと。ジョニーは「君と過ごした“時間”を君が忘れたとしても、僕が記憶しているよ」とジェシーに約束する。

Molly Webster, Jaboukie Young-White, Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

昨今のウクライナの戦争の惨禍を世界が憂いている。心が塞ぐことも多々あるけれど、何があろうと、人生は続く。立ち止まり、不安に押しつぶされそうになったとき、周りには力になる人がいること、この映画もここにあることを思い出そう。明日の一歩のための、スーパーパワーな1本だ。さあ進もう、先へ、先へ(カモン カモン)。

INFORMATION

『カモン カモン』

監督・脚本:マイク・ミルズ
2022.4.22 公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ

WRITER PROFILE

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福嶋真砂代 Masayo Fukushima

旧Realtokyoでは2005年より映画レビューやインタビュー記事を寄稿。1998~2008年『ほぼ日刊イトイ新聞』にて『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』などのコラムを執筆。2009年には黒沢清、諏訪敦彦、三木聡監督を招いたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」MCを務めた。航空会社、IT研究所、宇宙業界を放浪した後ライターに。現在「めぐりあいJAXA」チームメンバーでもある。

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