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SCREENING

『Shari』
吉開菜央 監督・出演
2021.10.23 公開

Written by 福嶋真砂代|2021.10.22

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

自然と人間が共棲する未来図を描く新感覚フィクション+ドキュメンタリー

映画の舞台は北海道・知床半島の斜里。世界自然遺産に登録されている地域だ。冒頭、斜里岳が流れる雲の中に見え隠れする。やがて「シャリシャリ」という声(音)が聴こえ、奇妙な「赤いやつ」がきらめく雪と戯れながら出現する。この謎のいきもの(ネーミングのとおり得体が知れない)が、雪の上に置かれた赤い風呂敷を開けてパンをかじると、パンの中から小さなベルが出てきた。チリリーン! 静寂のなかに響く鐘の音と同時に起こるバーンという衝撃音。すると夢に出てきた少女が、雪のなかで荒ぶり踊る赤いやつを見つけ、ファンタジックな世界に入り込む……。

『Shari』は、写真家の石川直樹を中心に活動するプロジェクト<写真ゼロ番地 知床>に、ダンサーで振付家でもある吉開菜央監督が招かれてスタートした。撮影を石川(写真集「知床半島」や「まれびと」などで知られる)が手掛けるという、贅沢なコラボレーションが実現。また斜里の人たちが様々な形で参加し、彼らの熱も充満している。「水とか氷の音など、自然とセッションすると日本一の音楽家」(吉開菜央インタビューより、撮影秘話のリンクは下記に)という打楽器奏者、松本一哉の音楽に身を浸すのも気持ちいい。助監督をした渡辺直樹を「彼のプロフェッショナルな準備がなければ撮れなかった」と振り返る。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

ファンタジックなシーンから現実世界へ滑らかに移動し、撮影チームは斜里町にくらす人々を訪ねて話に聴き入る。モモンガが棲む家に住む桜井さん。つぎに鹿猟をする川村さん(ここで鹿肉をごちそうになる)。謎の置物コレクターの三浦さん。そして海のゴミ問題に取り組む漁師の伊藤さん。石窯でパンを焼く“メーメーベーカリー”の小和田(コワダ)さんは羊を飼い、羊毛アーティストでもある(彼女の監修で約20名のワークショップメンバーが“赤いやつ”を制作した)。彼らが口をそろえて心配する現象がある。それは「その年、40年に一度の異常な少雪。さらに流氷がやって来ない」という異常事態……。流氷が来ない、それが何を意味するのか。深刻な問いを現代人に投げかける。

吉開は「赤いやつ」の出演に加えてモノローグも担当している。「眠れない、眠れない」、「自律神経がすぐに狂う」、「私たちは熱をうばって生きていく」、「私は私を、自分のことを、ケモノだと思う」。フェザータッチの声で、音を遊ぶようにつぎつぎに繰り出されるリリックが熱を持つ。

鹿肉を初めて食べた夜、「身体がギュルギュルになって眠れなくなった」と話してくれた。ギュルギュル!?この映画が生まれる源になった感覚。案の定、赤いやつも眠れない。赤い灯台のたもとに座り込む、そのモコモコしたシルエットは儚く、市街に迷い込む野性動物のように悲哀が漂う。しかし彼(女)は、「斜里いただきます!」と子どもたちを襲い血を滴らす、獰猛で残酷な野性の塊。だけどそれは彼らにとっては単純に「生きる」ことだ。人間は生きるか死ぬかの怒涛の反撃を試みる。子どもたちは「しか、れもん、とば、こおり」(し、れ、と、こ)チームに分かれて相撲をとった。阿鼻叫喚の体育館。「相撲シーンは壮絶だった」と、結果ボロボロになった“赤いやつ”を吉開は愛おしむ。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

赤いやつは岩の頂上(石川の「とっておきの場所」だそうだ)に登り、驚きの行動にでる。その時の心境を聞くと「そうするのがしっくりくる、腑に落ちると思った。あわよくば、私の声がオホーツク海に届いて流氷が来ないかと……」と。しかし「そんな奇跡は起こらなくて、人ひとりが叫んだところで、世界なんか変わらない、むしろ人間の業を感じてしまった。」2020年、南極では史上最高気温を記録し、バグダッドで雪が降った。もちろん吉開のせいでも、赤いやつのせいでもない。でも地球の悲鳴を無視することはできない。吉開はまるで全身を受容体のようにしてそれを受け入れる。「受けとりすぎて、苦しくないですか」と尋ねてみた。「映像となって体外に出せているので、そんなに苦しくはない。むしろつながりを見つけて出すのがおもしろい。映像を作りはじめてから、点と点をつなぐ“波”を感じ、時間感覚がより強くなりました」と、映像や映画を作ることの魅力は尽きないようだ。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

以前「触覚映画」と吉開が自身の映像を称していたように、まるで映像や音楽が触覚となって、観る人の皮膚や内臓までタッチするような感触がある。『Shari』では手法は違うが、その触覚は、知床半島の大自然、獣、人間の本質、そしてエコロジー、異常気象へと深く伸びていく。

風が吹き、隠れていた斜里岳が雲の間から姿を見せた。こうしてすべては「変化しつづける、その点と点がつながって“時間”になるのだと思う」と吉開は語った。映画も進化しつづける。新感覚なフィクション+ドキュメンタリーで綴られる、吉開組の思いがギュッと詰まった63分間。もしかしたら「ギュルギュルになる感覚」も訪れるかも……。

 

(吉開菜央インタビュー)

https://realtokyocinema.hatenadiary.com/entry/2021/10/19/210146

INFORMATION

『Shari』

2021年/ビスタ/5.1ch/カラー/日本/63分
監督・出演:吉開菜央
撮影:石川直樹
音楽:松本一哉

WRITER PROFILE

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福嶋真砂代 Masayo Fukushima

旧Realtokyoでは2005年より映画レビューやインタビュー記事を寄稿。1998~2008年『ほぼ日刊イトイ新聞』にて『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』などのコラムを執筆。2009年には黒沢清、諏訪敦彦、三木聡監督を招いたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」MCを務めた。航空会社、IT研究所、宇宙業界を放浪した後ライターに。現在「めぐりあいJAXA」チームメンバーでもある。

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