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『ソン・ランの響き』
レオン・レ監督

Written by ヴィヴィアン佐藤|2020.3.18

 

刹那に宿る曖昧なすべて

 

サイゴンを拠点とし、女優でありプロデューサー、世界の美女10人に選ばれたベトナム映画界の革命児と呼ばれるゴ・タイン・バンが代表を務めるスタジオ68が制作した『ソン・ランの響き』。監督は、1977年サイゴン生まれ、ニューヨーク在住の俳優・ダンサー・歌手で、本作が長編監督デビューのレオン・レだ。現在、フォトグラファーとしても活躍中で、『ソン・ランの響き』のクリエイティブ・フォトブックを自費で制作した。彼のその手腕とセンスは密かな話題となっている。

 

 

映画の舞台は1980年代のサイゴン。1930年代、フランス植民地時代に生まれた民間芸能カイルオンを軸として物語は展開する。父がカイルオンの弦楽器ダングエット奏者で、母親が女優だった主人公のユンは、借金の取り立て屋として恐喝や暴力を繰り返す日々を送っていた。
ある日、カイルオンの劇場に取り立てに行くと、幼少期の記憶がふと蘇る。そして気がつくとそこには、借金の肩代わりをしようする若き花形スター俳優のフンがいた。
敵対する二人であったが、翌日フンが街でチンピラに絡まれていたところをユンが救い出し、家で看病することで、突然ふたりだけの時間が流れるようになる。互いの幼少期の記憶や人生の哲学を話していくうちに徐々に打ち解けあい、ユンの父親が残した未完の愛の歌を、ユンのダングエットとフンの歌で共に演奏することによって、ユンの父の母親に対する気持ちが鮮明に蘇るのだった。

 

 

多くの国際賞を受賞している作品で、その受賞の中には国際LGBTQ映画祭観客賞もある。しかし、いわゆるLGBTQ作品と異なる印象を受けるのは、この作品においては「ゲイ」という決定的なカテゴライズはないからだ。そこには恋愛とも友情とも言い難い、独自で固有な人間関係が立ち上がる。それも非常に繊細で微細な微妙な彩度のものだ。そして儚い。
劇中、フンの歌声が流れだすAMラジオ。FMラジオとは異なりAMラジオは、ノイズや電波の不安定さが挙げられる。しかし、AMラジオには番組というソフトだけではない束状の空間性を感じることができる。そしてふたりが熱中するテレビゲームの場面では現在は全くといっていいほど姿を消したブラウン管テレビが登場する。ブラウン管とは真空管の中で電子が磁力によって曲げられて蛍光面に当たり、輝く仕組みだ。画面は安定せず揺らめく。

 

 

そしてカイルオンの楽器のなかには、ソン・ランの他にベトナムギターやダングエットがある。ベトナムギターはフレット間が深く彫り込まれチョーキングに適している。西洋の音階の制約にあてはまらない複雑な音が奏でられるのだ。

 

 

本作で描かれるのは、このような曖昧で揺らぎ、決して定まらないもので満ち溢れた世界観なのだ。それはユンとフンというふたりの青年の関係性にも当てはまる。定義されず曖昧であることの美しさや、その在り方の正しさ。
本来、人間は、自然界の色彩や光、音と同様に、決してカテゴライズできないものである。この映画は忘れていたそのことを思い出させてくれる。また痕跡も残さず、誰にも語られない、消えゆく運命の物語がある。
その刹那の一瞬を、この映画は見逃さなかった。

 

INFORMATION

ソン・ランの響き

監督:レオン・レ
出演: リエン・ビン・ファット/アイザック/スアン・ヒエップ 
2018年 / 102分 / ベトナム
©2019 STUDIO68

WRITER PROFILE

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ヴィヴィアン佐藤 vivienne sato

美術家、文筆家、非建築家、ドラァグクイーン、プロモーター。ジャンルを横断していき独自の見解でアート、建築、映画、都市を分析。VANTANバンタンデザイン研究所で教鞭をもつ。青森県アートと地域の町興しアドバイザー。尾道観光大使。サンミュージック提携タレント。

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