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SCREENING

『ゲンボとタシの夢見るブータン』
アルム・バッタライ、ドロッチャ・ズルボー監督 2018.8.18-

Written by 福嶋真砂代|2018.8.11

©︎ ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 

「急速な近代化に変化する、現在のブータンの「幸せ」とは?」

 

鈴のように鳴るエキゾチックな音色が響き、白い薄布(ダルシン)が風に揺れ動く。その影に見え隠れする仲睦まじい“少年たち”のシルエット。やがて視界が開け、澄んだ青空が広がる……。実に心地よいタイトルバックの数秒間がこの映画の魅力を印象づける。舞台は、ブータン中部にある古都ブムタン、首都ティンプーからバスで片道15時間かかる秘境中の秘境のような村だ。ヒマラヤ山脈をのぞむ雄大な自然に包まれ、古い寺の暮らし、学校の授業風景、川遊び、女子サッカー教室の様子など、貴重なブータンの表情が映し出される。“少年たち”とは、実は兄(ゲンボ)と妹(タシ)だ。彼らの家は由緒ある寺院で、父は長男に寺を継がせたいと僧院学校入学を勧め、かたや母は将来は英語が必要になるから普通教育を受けさせたいと意見する。お母さんには息子の気持ちがわかるのだ。タシは髪を短く刈り上げ、サッカーボールを蹴る姿がかっこいい。「男に生まれたかった」という彼女のアイデンティティの悩みに、「タシの前世は男だったのだろう」と仏教的な理解を示す両親。そんな寛容さが温かい。

 

©︎ ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 

監督は、ブータン出身のアルム・バッタライ(男性)とハンガリー出身のドロッチャ・ズルボー(女性)。ヨーロッパの若手ドキュメンタリー制作者育成プログラム「ドック・ノマッズ」で出会ったふたりは、資金を次々と獲得しながら、本ドキュメンタリーを生み出した。アルムがブータン国営放送勤務の経験があることで、特別に国際的な発表の許可が下りたという。それほどブータンでの映画製作はまだまだ難しいということだ。

 

©︎ ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 

現在、ブータンはインターネット、スマートフォン、SNSが普及し、近代化の真っ最中。当然、伝統的な価値観との摩擦も生まれる。長く鎖国政策をとっていた、あるいはG.N.H(国民総幸福量)というユニークな政策をとる神秘の国だったが、若者たちの日々の悩みを知ると、なんとも親近感が生まれてくる。

 

©︎ ÉCLIPSEFILM / SOUND PICTURES / KRO-NCRV

 

ところでブータン人が意味する「幸せ」とは、研究者の上田晶子氏の分析によると、生きとし生けるものすべての「関係性の改善」に他ならないという。その真意は深いのだが、そこには急速な社会の変化に疲弊している現代人たちが学ぶことが大いにありそう。悩みのなかでも、いつも穏やかに相手を思いやるゲンボの微笑みが忘れられない。ラストにふたりが行う“冒険”は、ブータンと、監督たち自身、そして観客にとってのチャレンジを意味するように思えた。

(参考文献『ブータン 国民の幸せをめざす王国』熊谷誠慈編著)

INFORMATION

『ゲンボとタシの夢見るブータン』

監督:アルム・バッタライ(ブータン)、ドロッチャ・ズルボー(ハンガリー)
2017年 / 74分 / ハンガリー、ブータン
8月18日よりポレポレ東中野ほか全国劇場ロードショー

WRITER PROFILE

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福嶋真砂代 Masayo Fukushima

旧Realtokyoでは2005年より映画レビューやインタビュー記事を寄稿。1998~2008年『ほぼ日刊イトイ新聞』にて『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』などのコラムを執筆。2009年には黒沢清、諏訪敦彦、三木聡監督を招いたトークイベント「映画のミクロ、マクロ、ミライ」MCを務めた。航空会社、IT研究所、宇宙業界を放浪した後ライターに。現在「めぐりあいJAXA」チームメンバーでもある。

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