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EXHIBITION

Chim↑Pom展:ハッピースプリング
森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)ほか
2022.2.18-5.29

Written by 山峰潤也|2022.8.4

Chim↑Pom
《ゴールド・エクスペリエンス》
2012/2022年
展示風景:「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」森美術館(東京)2022年
撮影:森田兼次
画像提供:森美術館

敵の終わりと未来への道

Chim↑Pomという存在は、人々の盲点をつくようなアイロニカルでユーモラス(特異な)な方法で人々を驚かせ、世間を騒がし、時に大人たちの怒りを買ってきた。都会のネズミを国民的ゲームキャラクターのようにペイントした「Super Rat」や広島の上空に描いた「ピカッ」という文字、渋谷駅の岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」への原発事故の描き足し。日本の世界的ゲームIP、原爆という戦争のトラウマ、岡本太郎という日本美術界の巨頭、それらに対するパロディはハレーションを生み出し、社会のタブーを踏み荒らす無法者としてみられてきた。
だが、無法者であるが故に常識にとらわれない強さから、社会の困難や時代の権威に体当たりでぶつかり、社会のルールやヒエラルキーの中にもがき、無力さとフラストレーションを抱える同世代の若者たちを刺激し、勇気を与えてきた。そんなChim↑Pomの渋谷の109やセンター街の路上にたむろするギャルやヤンキーといったいでたちで、社会の権力や既成概念に向かうその姿は、紛れもなく一つの平成のアイコンだった。

Chim↑Pom from Smappa!Group
《スピーチ》(「サンキューセレブプロジェクト アイムボカン」より)
2007年
Courtesy:ANOMALY and MUJIN-TO Production(東京)

本展でも紹介された「サンキューセレブプロジェクト・アイムボカン」ではセレブレティによる社会奉仕に内在する欺瞞をアイロニカルに指摘しながらチャリティオークションを行い、「気合100連発」では、東日本大震災の被災地に赴いた人々がその自然に対する無力さに打ちひしがれている状況にエネルギーを注入し、「Don’t Follow the Wind」では、立ち入り禁止区域に美術館を作り、自然と人間による災害によって故郷を失われた人々の感情に触れる糸口を作り出した。卓越したセンセーショナライズする力が際立つ一方で、こうした人間の心情やその土地(状況)の問題に触れながら起こしていくアクションが醸し出す情感的な“熱量”が見るものを感化していく。その伝搬力も彼らの凄みである。

Chim↑Pom
《ビルバーガー》
2018年
個人蔵(奥)
展示風景:「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」森美術館(東京)2022年
撮影:森田兼次
画像提供:森美術館

とりわけ、歌舞伎町で開かれた「また明日も観てくれるかな?~So see you again tomorrow, too?~」は、その際たるものだった。歌舞伎町において重要な役割を果たしてきた歌舞伎町振興組合のビルが、半世紀を経て取り壊しが決まり、そこを会場に展覧会やパフォーマンス、トークショーが連日行われた。ビルを切り抜いてダイナミックな空間と切り抜かれた部分が積み重ねられた「ビルバーガー」、青焼き写真(サイアノタイプ)を使って写し取られたビルの痕跡、性欲のエネルギーによって駆動する「性欲電気変換装置エロキテル5号機」などが存在感を放ち、また、ミュージシャンの大森靖子やパフォーマンスグループの鉄割アルバトロスケット、果ては小室哲哉が現れるなど、カオスのパフォーマンスが繰り広げられていった。エリィのパートナーでありホストクラブを経営するSmappa!Groupの手塚マキが、オーガナイズに入っている企画だけあって、新宿に生きる人々とChim↑Pomを中心とした人たちが集い、新宿・歌舞伎町という歓楽街にひとつの結節点を作り、多種多様な邂逅を生み出す社会のメディウムとしての存在感を示した。そして、スクラップ&ビルドをテーマにしたこの企画には、オリンピック誘致に際して、石原政権時代に始まった「歌舞伎町浄化作戦」に関わる「歌舞伎町ルネッサンス憲章」を写した青焼き写真が設置されていた。そのことが伝える通り、ジェントリフィケーションと向き合い、そこに相対する人々と共に路上から都市を見るChim↑Pomの視座を決定づける企画となった。

Chim↑Pom
《道》
2022年
展示風景:「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」森美術館(東京)2022年
撮影:森田兼次
画像提供:森美術館

その観点から、今回の森美術館で開かれた「Happy Spring」をみていくと、路上から都市と現代を考察してきたChim↑Pomの集大成という位置づけになる。そして、その象徴となったのは「道」というプロジェクトであった。
この「道」という作品は、台湾国立美術館の『Asian Art Biennale 2017』で発表され、かつての歩行者天国のように人々に解放された空間を目指した作品である。そこでは、公募による多数のイベントが行われる“ひらかれた”場所となり、個と個を結ぶ小さな物語が多く生まれていく。本展でもそれは仮設のアスファルトの上で展開されていった。このことは、“路上から都市と社会を見つめる”Chim↑Pomと“都市を俯瞰から見る”デベロッパーの奇跡的な共創から生まれたとも言えるだろう。
ただ一方で、今回の「道」が台湾国立美術館で実際の公道につなげられていたのに対し、超高層ビルにある入場料を支払わなければならない場所に宙吊りにされたアスファルトの広場になっていたことには多少の、しかし大きなずれがある。そもそも、この「道」の重要な点は、美術館というある種の権威的場所と、ホームレスなど社会的にネグレクトされてきた存在がいられる場所(世間の道もそうではなくなってきているが)を、ひとつの線で結ぶ、結節点のメタファーとしてあったはずである。それが、超高層ビルの最上階、という権威を象徴するような場に囲われてしまっている――という状況の中に、立場の違うものが交わって矛と盾が衝突した矛盾の根があったのではないだろうか。

Chim↑Pom from Smappa!Group
《道》
2017- 2018年
Courtesy:ANOMALY and MUJIN-TO Production(東京)
展示風景:「アジア・アート・ビエンナーレ2017」国立台湾美術館(台中)2017- 2018年
撮影:前田ユキ

それが目に見える形で表出したのが、「Super Rat」の別会場での展示と、Smappa!Groupに対する協賛拒否から始まる改名問題である。まず、「Super Rat」は初期Chim↑Pomにとって最も重要なシリーズである。しかし、美術館の入り口には金色の新作《スーパーラット ハッピースプリング》が展示され、Chim↑Pomのシグネチャーである《スーパーラット(千葉岡くん)》(2006年)は虎ノ門のプロジェクトスペースで展示された。 この不可解な事件の背景には、2006年制作の「Super Rat」が森ビルでオフィスを構える企業のアイコン的キャラクターをパロディに使って作られていることがあり、森美術館の母体から“配慮”を要請する声があったことがうかがえる。それは、企業のアイコンを毀損したことに対する報復的因果の帰結とも取れるが、アートからの視点からすれば“表現の自由”という聖域にふれる重大問題である。しかし、一方で美術館とは支援者なくしては成り立たたない脆弱性を持っているという事実もまたよこたわっている。その点では、美術館はなんら“聖域”ではなく、ステークホルダーに提供できるベネフィットとプロフィットの上で立ち回らなければ、 “死”を迎えてしまう社会の中の一組織にしかすぎないのである。
それは、複数のホストクラブを経営するSmappa!Groupからの協賛を“水商売”という理由からの拒否について同根としてつながる。例えば、横並びになったスポンサーを見た人たちが表面的な理解から偏見を持つ可能性をゼロにすることはできない。また、それに伴うスポンサー企業が離脱するリスクや東京租界と呼ばれた六本木の夜を“クリーン”にしてきた企業イメージからしても、前述の判断が生じうることも想像に難くない。しかし、Smappa!Groupはエリィの夫である手塚マキが代表を務める企業で、これまでもChim↑Pomのプロジェクトを支援してきた重要な存在である。そして、手塚は「ホストとして社会を生きる」をモットーに、ホストによる清掃活動を行い、地域組合の理事として治安向上に努めてきた。 「道」という多様性と平等性を内包したプロジェクトを持ち込んだことから考えれば、社会の課題に向かうこうした活動こそ重要だという見方もできたのでなかろうか。
これだけの大規模なプロジェクトを共同でやってきたことから考えれば、互いに決裂しないように話し合いを重ねてきたであろう。しかし、結果的にはChim↑Pom from Smappa!Groupへの改名が発表された。声明がまとめられた「改名のお知らせ」 *という文言には、美術館やスタッフへの配慮がしたためられつつも、 “路上から都市と社会を見つめる”側と“都市を俯瞰から見る”側の対立が克明に書かれていた。それはセンセーショナルなニュースとして瞬く間に広がり、所属ギャラリーであるANOMALYで開かれた展覧会の『排除されても駆除されない WE ARE SUPER RAT』というタイトルがより一層、二項対立を際立たせていた。これに対して、SNSでは炎上商法という批判も見受けられたが、大きな物語や権威に対立する弱者の正義という古い構図が結果的に目立ってしまった。それによって立場の違うもの同士が「道」という開かれた場を共同で作り、個人間の関係から小さな無数のナラティブを作り出そうとする新しい時代へのメッセージが埋もれてしまったのは残念な点である。そして、本当にそこに敵はあったのだろうか、という疑問が首をもたげる。

Chim↑Pom
《ラブ・イズ・オーバー》
2014/2022年
展示風景:「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」森美術館(東京)2022年
撮影:森田兼次
画像提供:森美術館

たしかに、小さな物語の集合は、関わる個々の視点や存在が重視されるため、参加するそれぞれの当事者としての充実度は高い一方で、全容としては見えづらく話題になりづらい。そして、影響力を持つまでに育てていくには時間がかる。一方、大きな物語は主軸を明らかにすることで、対立構造が見えやすく、その外周から覗いてくる観客からすれば感情移入しやすい。そこで“仮想敵”というものが生み出されてきた。それは、ヒロイズムに基づく古典的な扇動手法である。確かにこうしたことが未だに力を発揮することもあるだろう。しかし、20世紀というマスメディアと国家権力が強大な力を誇った時代から、21世紀の情報化の流れに移り、昭和の残像を色濃く残した平成が終焉していった。そこでは、グローバル資本主義によって国家を超えた経済圏ができ、これまでの権威が揺らぎ、また、シビックテックを基盤とした社会変革への機運が広がっていった。そして、仮想通貨の出現は、国家の要というべき貨幣に革命を起こし、無政府主義的な思想にも繋がってきている。
こうした時代を背に、これまで容易に仮想敵とすることができた権威が失速するとともに、安易なアンチテーゼもまた力を失った。つまり、明確に社会構造が変わりつつあるのだ。権力に立ち向かう小市民という構造やステレオタイプにつつまれた大衆が共同幻想の中で熱狂する時代から、草の根的に自らの幸福論を開拓する人たちの時代が生まれつつある。だから本展における「道」は重要な存在であったのである。そして、それは惑える権威にとっても“路上から都市と社会を見つめる”人たちへの期待のあらわれだったのではないだろうか。とするならば、血の通った情を持ちながら、路上と俯瞰との間を結びゆく存在は今後も求められていくように思う。では、そのためには互いに対立構造をどのように脱却していくことができるのだろうか。それが重要な課題である。なぜなら、白と黒とでは分けられない、混沌とした暫時的な状況の中で、立場は違えども、分かち合える点を探りながら個々が個々の幸福を獲得していく未来を手繰り寄せていく必要があるのだから。

* Chim↑Pom公式Twitter「改名のお知らせ」2022年4月19日掲載

INFORMATION

Chim↑Pom展:ハッピースプリング

会期:2/18(金)~5/29(日)
会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53階)ほか

WRITER PROFILE

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山峰潤也 Junya Yamamine

キュレーター/株式会社NYAW代表取締役/一般財団法人東京アートアクセラレーション共同代表
東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターにて、キュレーターとして勤務したのちANB Tokyoの企画運営に携わる。主な展覧会に、「ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて」、「霧の抵抗 中谷芙二子」(水戸芸術館)や「The world began without the human race and it will end without it.」(国立台湾美術館)など。avexが主催するアートフェスティバル「Meet Your Art Festival “NEW SOIL”」や文化庁文化経済戦略推進事業など文化/アート関連事業の企画やコンサルのほか、雑誌やテレビなどのアート番組や特集の監修なども行う。また執筆、講演、審査委員など多数。2015年度文科省学芸員等在外派遣研修員、早稲田大学/東京工芸大学非常勤講師。

Photo:松岡一哲

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