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EXHIBITION

蔦谷楽 ワープドライブ WARP DRIVE
原爆の図丸木美術館
2022.7.23 – 10.2

Written by 金子牧|2022.9.10

The Protectors(Beautiful Sky Golf Courseより) 2019年

 

現在、丸木美術館で開催中の「ワープドライブ」展は、ニューヨークに拠点を置くアーティスト蔦谷楽の日本初の個展であり、キュレーター岡村幸宣が「何としても丸木美術館で実現させたかった」企画である。2006年アメリカに渡った蔦谷は、東日本大震災を契機に、原子力、核兵器、ヒバク被害をテーマとする作品を発表してきた。2019年にはモンタナ州フォート・ミズーラ歴史博物館でのレジデンスプログラムを経て、太平洋戦争時「敵性外国人」とされた日系人の強制収容問題も主要テーマに加えている。自身を「移民」と位置付ける蔦谷は、日米双方での綿密な現地資料調査、専門家、アクティビスト、ヒバクシャ等への聞き取りを行い、そこにSF的な想像力を加味することで、従来の視点に捕らわれない核・戦争のストーリーを導き出してきた。

 

Warp Drive / ワープドライブ 展示風景 Photo by Ali Uchida

 

本展覧会は、蔦谷がこれまでアメリカ各地で展示してきた作品を丸木美術館に「ワープドライブ」させたものだ。2018年から21年の間に制作されたドローイング、映像作品、映像作品に使用された小道具(彫刻)の展示と共に、メインの展示会場には、戦後広島・長崎に建てられたバラックとフォート・ミズーラ強制収容所のバラックを、廃材を用いて再現・接合した構築物が設置されている。このバラックは今回の展示のために制作された唯一の「新作」であり、観客はその内外と他の展示室を行き来しつつ、蔦谷の作品を鑑賞する構成となっている。そうすることで蔦谷は、ヒロシマ、ナガサキ、フォート・ミズーラなど様々な時空をワープドライブする旅へと観客を誘い出し、核の歴史と日米の帝国主義を、トランスナショナルな、更に時としては「非人間中心(non-human agency)」の視点から、再考・解体するよう強く促している。

 

企画展第1会場風景 Photo by Ali Uchida

 

展覧会場で最初に観客を迎えるのは、2点の大型ドローイング≪The Protectors≫ と≪The Loyalty Hearing≫だ。これらは、フォート・ミズーラ歴史博物館での調査をベースに制作された≪Beautiful Sky Golf Course≫シリーズの一部であり、同タイトルの映像作品も本展覧会で上映されている。このシリーズは、スパイ容疑をかけられフォート・ミズーラ強制収容所に収容された日系一世たちが、敷地内にゴルフコースを作ったという驚くべきエピソードから着想を得ている。≪The Protectors≫は催涙ガス銃を強制収容所内で構える警備隊、≪The Loyalty Hearing≫には日系一世の収容者の忠誠心を判定する「忠誠公聴会」が描かれている。前者の催涙ガス銃の銃口は、観客から見て展覧会場の外・内双方に向けられており、一方≪The Loyalty Hearing≫の前では、観客は公聴会の傍聴席のポジションに否応なく立たされる。銃口を向けられるべき「敵性外国人」とは一体誰なのか? 「私たち」はどちら側に立っているのか? 展覧会の導入部において、人種と国籍が複雑に絡み合う形で分断される「敵」と「味方」、そして現在も続く移民問題に対する「私たち」の立ち位置が、鋭く問われることになる。

 

The Loyalty Hearing (Beautiful Sky Golf Courseより) 2019年

 

次の部屋には、蔦谷の代表作とも言うべき≪ Daily Drawing≫シリーズから、19点のドローイングが展示されている。このシリーズは、核兵器にまつわる47のエピソードを選択、2020年のニューヨークUlterior Galleryでの個展会期中に、SNSにて一日一枚を発表した労作である。その主題は「ヒロシマ・ナガサキ」に留まらず、マンハッタン・プロジェクトの拠点となったロスアラモス、ハンフォードのプラトニウム工場、ウラン採掘所、アラモゴードでの核実験、更には核兵器製造・保有の裏にある政治・経済ゲームなどにも及んでいる。登場人物は動物、植物、昆虫に置き換えられており、「史実」と個々人のストーリーにマンガや過去のアート作品からインスピレーションを得た想像的要素が複雑に重なり合い、核の歴史を多角的に「絵解き」するよう観客に迫ってくる。「被爆・被曝」を包括し、国境・人種、人間・動物を超えた形で(しかし決して均等にではなく)起こるその影響を視覚化した本シリーズは、「グローバルヒバクシャ」の視点、「核の植民地主義 (nuclear colonialism)」の歴史、更には人間中心主義が地球のエコシステムに決定的なダメージをもたらす人新世をも提示しているようだ。

 

Daily Drawings: Spider’s Thread /くものいと Day 11:230 Million Dollar Village / 230,000,000ドルの村 2020年

 

Daily Drawings: Spider’s Thread / くものいと Day 38:Uranium Fever / ウランの熱狂 2020年

 

奥に位置する大きな展示会場へと進むと、照明を落とした部屋に、前述の「ヒロシマ・ナガサキ―フォート・ミズーラ」のバラックが登場する。バラック両壁に取り付けられたスクリーンには≪Daily Drawing≫を壮大な核の歴史のクロニクルへと発展させた映像作品≪ENOLA’S HEAD≫、そして前述の≪Beautiful Sky Golf Course≫の映像作品がそれぞれ映写されている。奥の壁面上部には、原爆投下後にアンドリュース空軍基地に野外放置されたエノラ・ゲイが、夢の中で彼女の半生をフラッシュバックするというユニークなストーリー仕立ての≪Study with the Moon≫が、バラックを照らす月のように映し出されている(この作品ではエノラ・ゲイのジェンダーは女性となっている)。

実はこの展示室には当初、エノラ・ゲイの頭部を布で実物大に再現したインスタレーションが展示される予定で、≪ENOLA’S HEAD≫はこの「エノラの頭」の中で上映されるようにデザインされていた。しかしウクライナ戦争のため大型作品の輸送が困難となり、展覧会は≪ENOLA’S HEAD≫を中心としたものから、核の歴史と強制収容問題双方を扱う展示へとシフトすることとなったそうだ。蔦谷によると、戦争のため「家」を失った作品の仮の住まいとして、そして「ヒロシマ・ナガサキ」と日系人強制収容所に共通するモチーフとして登場したのがバラックであったと言う。しかし同じバラックと言っても、その形と用途は大きく異なっている。兵舎をモデルに比較的「立派」に作られた日系人収容所のバラックは、「敵性外国人」を監禁するための施設であり、近年では悲劇のアイコンとしてアメリカの数々の施設で保存、復元、展示されている。一方、広島・長崎のバラックは生を繋ぐ仮宿として被爆者や引揚者により手作りされ、戦後日本の経済発展の中で排除・消去されていった。ここに立ち現れたのは全く性格を異にする、しかし戦争と人種偏見と戦後の記憶のポリティクスと分かちがたく結びついた二つのバラックだ。時空を曲げて接合されたそのバラックの交差点に立てば、≪ENOLA’S HEAD≫と≪Beautiful Sky Golf Course≫を裏側から、≪Study with the Moon≫は木材の合間から、バラックにはめ込まれたコラージュ作品のように鑑賞することが出来る。それは、SF的な手法で複数の時空・視点をコラージュさせ、人種・国籍(更には人間・動物・「もの」)に分断されてしまっている現在の歴史を切断し改めて繋ぎなおすという蔦谷のアートの手法を象徴しており、その交差点・切断面は、ベンヤミンの言葉を借りれば「歴史を逆なで」する、そんな行為を促す空間を丸木美術館に現出させていた。

 

Warp Drive / ワープドライブ 展示風景 Photo by Ali Uchida

 

そして最後の展示室にも、是非「ワープドライブ」して欲しい。そこには「ヒロシマ」と言う主題を超え、ジェノサイド、加害者としての日本人、原発、公害の問題へと目を向けた丸木夫妻の作品4点≪アウシュビッツの図≫≪南京大虐殺の図≫≪水俣の図≫≪水俣、原発、三里塚≫が、展示されている。それらは今回の蔦谷展では後景になってしまっている感のある「アジア」と日本の帝国主義の記憶を補完してくれるものであり、ワープする蔦谷作品と響きあい、新たなストーリーを紡ぎ出す可能性を感じさせるものでもあった。「ヒロシマ」に始まり様々な抑圧された記憶が交差する丸木美術館、蔦谷の日本初の個展はそこに新たなワープポイントを形成している。

 

INFORMATION

蔦谷楽 ワープドライブ WARP DRIVE

会期:2022年7月23日~10月2日
会場:原爆の図丸木美術館
助成:朝日新聞文化財団
機材協力:水戸芸術館
展示協力:百丈

WRITER PROFILE

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金子牧 Maki Kaneko

カンザス大学美術史学部准教授。同校にて日本近現代美術史とアジア系アメリカ・ディアスポラ美術を教える。著書に『日本帝国の鏡像:洋画家たちの男性像 1930年-50年』(ブリル出版、2015年)、共編にスペンサー美術館年次雑誌『レジスター』特集号「アジア近現代美術」(2019年)。その他の論文・展覧会カタログエッセイ等の刊行物には、「現代のご真影:天皇、アート、そしてお尻の穴」『平成時代の日本(1989-2019):学際的視点から』(村井則子、ジェフ・キングストン、ティナ・バレット編、ラウトレッジ、2022年)、「アジア系アメリカ美術史の歴史とその現状」『科研報告書:谷口富美枝研究』(北原恵編、大阪大学文学研究科、2018年)、「近代日本の戦争ヒーロー達:1930年代初頭の戦争フィーバーと爆弾三勇士」『利害の衝突:近代日本の戦争と美術』(フィリップ・フー編、セントルイス美術館、2016年)などがある。

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