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清里フォトアートミュージアム 2018.7.8-12.2
EXHIBITION

島の記憶 1970〜90年代の台湾写真展
清里フォトアートミュージアム 2018.7.8-12.2

Written by 港 千尋|2018.8.7

林柏樑(リン・ボーリャン)《余温》 1987年 ⒸLin Bor-Liang

 

未来を振り返るために

近年、台湾と日本の間ではジャンルを問わず、質の高い交流企画が増えている。 大都市台中にある台湾国立美術館での展覧会の巡回先が、首都から遠く離れた高原にある、清里フォトアートミュージアムであることに、驚く人もいるかもしれないが、それは長年にわたる交流と信頼関係、そして共に歴史を見つめる眼差しの交換が可能にしているのである。

陳傳興(チェン・チュアンシン)、張照堂(ジャン・ジャオタン)、阮義忠(ルァン・イージョン)、林柏樑(リン・ボーリャン)、林國彰(リン・グォジャン)、謝春德(シェ・チュンダー)、謝三泰(シェ・サンタイ)、何經泰(ホー・ジンタイ)、劉振祥(リュウ・ゼンシャン)、張詠捷(ジャン・ヨンジェ)、潘小俠(パン・シャオシャー)。参加した11名は錚々たる現役の作家であり、現代写真史の一角を成す重要なメンバーである。だが2人のキュレーターは、作品の時代を1970年代から90年代に限るという、異例のセレクションを行った。この時代の台湾は、戦後38年間にわたる戒厳令の時代を経て、民主化へと向かう「湧き上がる時代」。今日の台湾に大きな影響を与えていた激動の時代を、当時20代から30代だった「若者の眼」をとおして浮かび上がらせようとしているのである。

謝三泰 (シェ・サンタイ) 《澎湖の印象》 1991年 ⒸHsieh San-Tai

陳傳興(チェン・チュアンシン)による白昼夢のような田舎の風景から、何經泰(ホー・ジンタイ)が伝える都市の底辺層の実態までテーマは幅広い。キュレーターの沈昭良(シン・ツァウリャン)は、これらの作家の共通点のひとつとして、彼らが新聞社や雑誌社などの報道カメラマンとしてキャリアをスタートしたことを挙げている。沈自身もそうであるように、時代をクリティックな眼で切り取るジャーナリズムの視角が、会場全体に緊張感を与えている。謝春德(シェ・チュンダー)や林柏樑(リン・ボーリャン)が記録した民間信仰の色彩、林國彰(リン・グォジャン)が伝える客家の日常、劉振祥(リュウ・ゼンシャン)が目撃した民衆的抵抗の現場、潘小俠(パン・シャオシャー)が残した蘭嶼(ランショ)の原住民文化など、複雑な社会構成をもつ多民族国家台湾が、あたかもプリズムに分光されたイメージ群のように、今日の台湾社会を照射する。

潘小俠(パン・シャオシャー)《ルポルタージュ蘭嶼》 1985年 ⒸPan Hsiao-Hsia

セレクションも展示のレイアウトも、細部まで神経が行き届き素晴らしい。個の視線をもって現代写真に大きな影響を与えた張照堂(ジャン・ジャオタン)のキュレーションには、長年編集者としてまた批評家としての、深い知識と感性が効いている。台湾現代史への深い読み込みを可能にする内容である。

台中で開催された時の原題は『回望』。これらの写真は同時代の台湾における社会的記憶を形成したが、それが21世紀に「回帰」することによって、わたしたちの歴史感覚が問われている気がする。2050年代の人々は、どのように今の世の中を「回望」するだろうか。山の清冽な空気を呼吸しながら、ゆったりと眼差しの対話に浸りたい。

INFORMATION

島の記憶 1970〜90年代の台湾写真展

清里フォトアートミュージアム
2018年7月7日—12月2日

WRITER PROFILE

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港 千尋 Chihiro Minato

1960年生まれ。写真家・批評家。多摩美術大学情報デザイン学科教授。芸術人類学研究所メンバー。映像人類学を専門に、写真、テキスト、映像インスタレーションなど異なるメディアを結びつける活動を続けている。記憶、移動、群衆といったテーマで作品制作、出版、キュレーションを行う。国内外での国際展のディレクションも手がけ、ベネチア・ビエンナーレ2007では日本館コミッショナー、あいちトリエンナーレ2016では芸術監督を務める。

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