HOME > REVIEWS > EXHIBITION
> ミーシャ・ラインカウフ「Endogenous error terms」The Container 2019.4.15-7.8
EXHIBITION

ミーシャ・ラインカウフ「Endogenous error terms」
The Container 2019.4.15-7.8

Written by 住吉智恵|2019.6.25

Endogenous error terms © Mischa Leinkauf 2011-2018 Photograph Courtesy of The Container, Tokyo

The Containerの展示空間は、美容室の半地下のフロアに設置された貨物輸送用のコンテナである。閉ざされた内部は息苦しくなるほどの暗闇だ。足を踏み入れると、まさに暗いトンネルのなかに身を潜め、息をころし、光溢れる外部の世界を覗き見るようにして、ミーシャ・ラインカウフの映像作品を観ることになる。本展が世界初公開となる新作『Endogenous error terms』(内生的エラー)は、東京を皮切りにモンゴルのカラコルム、モスクワ、ミュンヘン、エカテリンブルク、アテネ、フィレンツェ、ウィーンまで、世界各都市で撮影された地下水路システムやトンネルの映像で構成される。

Endogenous error terms © Mischa Leinkauf 2011-2018 Photograph Courtesy of The Container, Tokyo

このプロジェクトは、2011年にTOKYO WONDER SITE(現TOKAS)のレジデンス・プログラムにより東京に滞在したミーシャが、その複雑な都市構造を“縦横無尽”にリサーチしたことに端を発する。このときの滞在制作は単独ではなく、ともに旧東ベルリンで育った少年時代からの悪友であるマティアスとのアーティストユニットとしてだった。マティアス・ヴェルムカ&ミーシャ・ラインカウフは、2010年に水戸芸術館の「リフレクション―映像が見せる“もうひとつの世界”」に、2011年には東京都現代美術館の「ゼロ年代のベルリン―私たちに許された特別な場所の現在(いま)」に参加。同時期に、震災により約半年遅れでレジデンスを開始した彼らは、さっそく東京という都市を徹底的に「足で」調べあげにかかる。

当時は、パルクールで驚異的身体能力を養ったマティアスがパフォーマンスを行い、ミーシャがそれを記録撮影するという形をとることが多かった。たとえば『ネオンオレンジ色の牛』では、ベルリン市内の橋桁や地下鉄の線路などに無許可でブランコを設置し、マティアスがそれを漕いで揺らす様子を撮影。2014年にはNYのブルックリン橋の鉄塔に上り、星条旗を白旗にすり替えて物議を醸した。(このドキュメンタリー映像『Symbolic Threats』は多くの映画祭で受賞、欧州アカデミー賞にもノミネートされた) 東京滞在中も飲み会の移動中にふと姿を消し、外階段からスルスルッとビルを登頂、屋上伝いに近隣のビルへと渡っては何食わぬ顔で戻ったりしていた。その成果は後に32チャンネルの映像インスタレーション『Drifter』として発表され、命綱もつけず、あり得ない視点で都市と“関係を結ぶ”光景は観るものを仰天させた。

Endogenous error terms © Mischa Leinkauf 2011-2018 Photograph Courtesy of The Container, Tokyo

滞在期間中、高所のみならず、地下に向かう垂直方向のレイヤーにも関心を寄せたミーシャは、何度となく渋谷川の暗渠からアンダーグラウンドに潜入。ハチ公前交差点やセンター街の喧噪の下、密かに広がる地下水路を探検する。ときには方向感覚を失って迷ったり、胸まで水位が上がって危険な目にも遭いつつ、ハスキー犬のような瞳を輝かせて熱中していた。帰国後、世界各国の都市に行く度に地下空間の映像と音声を記録し、本作はシリーズ化されていく。

Endogenous error terms © Mischa Leinkauf 2011-2018 Photograph Courtesy of The Container, Tokyo

地下空間を題材とした作品といえば、写真家・畠山直哉の『Underground』『Ciel Tombé』があるが、本作がこれらと一線を画す点はその独自の“フェティッシュ”なモチベーションだ。(当初の動機は、原発事故で放射線量に過敏になり、移住を考えざるを得なくなった状況を見て、地下に安全な“シェルター”空間を見いだせないかという期待からだったが、実際には地下水や土壌にも放射性物質は流れ込むため、その考えはすぐに撤回した) 彼を虜にした地下世界探検の魅力とは「暗い場所から明るい場所をのぞき見る」行為にある。法律や制度の埒外の立ち位置から、現実世界を成立させている構造をスケルトンにする眼差しこそ、彼がユニット時代から追求してきた「都市との関係性」の起点なのだ。1977年に冷戦下の東ベルリンに生まれ、1989年の壁崩壊によって半ば強制再起動的にパラダイムシフトを強いられた体験は、ミーシャのこのような制作態度におそらく圧倒的な影響を与えたはずだ。世界の裏側からの視点は、隣りあった向こう側の世界を生きるものの意識外にある、ということを彼は経験的に知っている。暗い場所から明るい場所はよく見えるが、明るい方から暗い方はよく見えないものだからだ。都市構造の死角から、作家が自分の足で探り、感覚的につかんだ「現在地の座標」は、社会の暗部に張り巡らされた見えない水脈を探知する視座を与えてくれるかもしれない。

INFORMATION

ミーシャ・ラインカウフ「Endogenous error terms」

The Container
2019.4.15-7.8

WRITER PROFILE

アバター画像
住吉智恵 Chie Sumiyoshi

アートプロデューサー、ライター。東京生まれ。慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1990年代よりアート・ジャーナリストとして活動。2003〜2015年、オルタナティブスペースTRAUMARIS主宰を経て、現在、各所で現代美術とパフォーミングアーツの企画を手がける。2011〜2016年、横浜ダンスコレクション/コンペ2審査員。子育て世代のアーティストとオーディエンスを応援するプラットフォーム「ダンス保育園!! 実行委員会」代表。2017年、RealJapan実行委員会を発足。本サイトRealTokyoではコ・ディレクターを務める。http://www.traumaris.jp 写真:片山真理

ページトップへ