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MAHO KUBOTA GALLERY 2018.9.20-10.20
EXHIBITION

小笠原美環 「こわれもの」
MAHO KUBOTA GALLERY 2018.9.20-10.20

Written by 水田紗弥子|2018.10.18

© Miwa Ogasawara / MAHO KUBOTA GALLERY

展覧会タイトルでもある作品「こわれもの」に描かれているのはカーテンのゆらめきなのか、あるいは皮膚と衣服のあわいなのだろうか。謎めいたタイトルと共に、私はどこからこの絵を見ているのだろうと不安になる。オーガンジーのような布の微かな動きを、建物の外から眺めているのだろうか。あるいは家の中の安心した場所で、柔らかい布地の手触りを確かめようとしているのかもしれない。タイトルの表す通り、こわれやすく、脆いものが描かれているのだが、弱く、はかないもののしなやかさ、内的な豊かさが描かれていることにも気づかされる。
小笠原美環はドイツ在住のペインターで、光や陰、風や空気といった曖昧で捉えどころのないモチーフを、色調を抑えた油絵で描いている。繰り返し描かれるイメージは建物の室内や、思春期の少年少女や子どもの身体、樹々などである。そしてこれらのイメージは、昼と夜が混じったような不確かな時間の、どこでもないような普遍的な場所に静かに存在している。

© Miwa Ogasawara / MAHO KUBOTA GALLERY

日本では5年ぶりの個展となる本展では、三連作である新作《border》や、鳥を描いたシリーズ《birds》など風景を描いた作品も展示されている。あるはずのない境界線を自由に行き来する鳥や大気の粒は、目的地がなく漂うだけの存在のようにも思える。鳥たちはそれぞれがどこに飛び立っていくのか。近づいてくるのか遠ざかっていくのか。自由に往来できるようで、流されていってしまう弱い存在でもあるかもしれない。一見するとシンプルな表層の絵画の奥までじっくりと向き合うことで、小笠原の作品に通底するテーマである弱さや、はかなさ、壊れやすさの奥にある複雑性や葛藤が浮かび上がり、絵を観ることの意味をあらためて考えさせてくれる。

© Miwa Ogasawara / MAHO KUBOTA GALLERY

小笠原は、これらの作品を現在の社会情勢、とりわけ難民や移民の問題などに思いを馳せつつ描いたということを教えてくれた。しかしそれをそのまま描くことが自身の仕事ではないということも。そう、ペインターは、小説家ではないし、建築家でもない。設計をすることも、物語の筋道をつくることもしないが、鑑賞者は作品から設計図を描けるし、物語を紡ぐことができる。
テクノロジーを駆使した壮大なスケールの作品が注目されがちな現代アートのシーンで、弱さのなかの強さをさまざまに見せてくれる小笠原の作品に出会うことは、自分という曖昧な存在を再確認する瞬間でもあった。誰しもが抱える弱さを自覚することは、小笠原が描く、世界と自分の境界を見つめることから出発しているように思う。大きな声をした多数派からの逸脱と抵抗や、主流な考えを脅かす異質な力は、そうした弱さや壊れやすさからこそ発せられるのかもしれない。

INFORMATION

小笠原美環 「こわれもの」

2018年9月20日(木) - 2018年10月20日(土)
MAHO KUBOTA GALLERY

WRITER PROFILE

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水田紗弥子 Sayako Mizuta

1981年生まれ、東京在住。フリーランスにて現代アートに関する展覧会、フェスティバル、アートアワードなどの企画・運営、コーディネートに携わる。企画した主な展覧会として「Alterspace – 変化する、仮設のアート・スペース」(アサヒ・アートスクエア、2014年)、「皮膚と地図:4名のアーティストによる身体と知覚への試み」(愛知芸術センター、2010年)などがある。2015年から東京造形大学非常勤講師。東京大森でLittle Barrelプロジェクトルームを運営。 http://littlebarrel.net/

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