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EXHIBITION

生態系へのジャックイン展
2021.7.24 – 8.8
日本庭園「見浜園 」

Written by 林信行|2021.8.6

松田将英《Ripples》©︎生態系へのジャックイン展 / Photo by Yusuke Tsuchida

夜の日本庭園に浮かび上がるヴァーチャルな生態系 

 

千葉県の幕張にある日本庭園「見浜園」で、日暮れとともにスタートする現代アート展、「生態系へのジャックイン展」が8月8日まで開催されている。アーティストばかりでなく、研究者、SF作家集団、映像作家、建築家など多彩な顔ぶれの14組が自然、テクノロジー、社会といった我々を取り囲む環境をテーマにした計16作品を出品している。

1.6haの庭園は入り口から出口までが1本道。その道沿いに並べられた作品を1つずつ楽しんでいく回遊型の展覧会となっている。作品の並びは、茶の湯のプロセスになぞらえ外露地に始まり、内露地、茶室そして出口へとつづく。

俗世の塵を振り払う外露地で迎える最初の作品、The TEA-ROOMによる《SOTOROJI #1》は門を描いた平面作品。資本主義の歪みがテーマだという。近づいてよく見ると絵は無数のQRコードでできており、スマートフォンをかざすと資本主義の歪みの犠牲になった人々の姿と救済策が画面に浮かび上がる。

齋藤帆奈《Unpredictable Filtration》©︎生態系へのジャックイン展 / Photo by Yusuke Tsuchida

つづく3作品は人と自然の関わりがテーマだが、齋藤帆奈の新作が本展覧会全体を象徴している。園内を流れる小川の水を吸い上げガラスチューブを通して川に戻す作品だ。チューブの中には園内で採取した小石や砂、枯葉が詰められている。水はそこを通ることで、もしかしたら濾過され、きれいになるかも知れないし、逆にバクテリアや不純物が加えられ、汚れるかも知れない。結果はわからないが、人為的な影響は避けられないことが可視化されている。

その後には、赤玉土や籾殻など自然素材を用いて3Dプリンターでつくる田中浩也研究室+METACITYによる「人新世」の彫刻や、人工筋肉やロボティクスの技術を施し、まるで自らの意思で動いているかのような植物(滝戸ドリタ)が展示されている。

後藤映則《Rediscovery of anima》©︎生態系へのジャックイン展 / Photo by Yusuke Tsuchida

中盤は人類が太古から進化をさせてきた表現技術をテーマにした作品がつづく。旧石器時代の人々が発明していたかもしれない先鋭的テクノロジーによるアニメーション表現(後藤映則)が現れるかと思えば、最近発見され特許出願中の最新光学表現(石川将也)もある。

儚く消えるデジタル写真を石に憑依させ自身のポートレートを水辺に並べたノガミカツキの作品もあれば、Dead Channel JPによる千年後に土から掘り起こしても無事に読める処理を施した実在しない都市「幕張市」のフィクションもある(「幕張」は千葉市花見川区と美浜区にまたがる広域の地名で市ではない)。

ノガミカツキ《Image Cemetery》

皮肉が効いているのは、庭園の中央の池に浮かび妖怪しく光る、風景から連想された音をテーマにした松田将英の作品だ。3つのLED彫刻で構成される作品だが、2つ半のリングが水面に反射して、偶然にもまるで沈んでいく五つの輪のように見える。いっぽう墓地設計家である関野らんは、弔いの新しい形を儀式のようなプロセスとして表現した。そして外露地、最後の作品は音の作品だ。庭園で耳を澄ますと鳥の声や虫の音、葉の擦れる音などさまざまな音が聞こえてくる。ALTERNATIVE MACHINEは、その環境音を分析し、欠けている周波数帯の音を人為の音で埋めた。しばらく聞いていると、光を放ちながら響く合成音が、自然の環境音と相互作用を始める。

Ray Kunimoto《SHIZUKU – SHIRO#1, #2, #3》©︎生態系へのジャックイン展 / Photo by Yusuke Tsuchida

展覧会のクライマックスは、庭園自慢の数寄屋造りの茶室「松籟亭(しょうらいてい)」だ。その周囲には、輪廻や精神の浄化を促すような作品が並ぶが、それを経て茶室へと足を踏み入れると、そこは極楽浄土のような美しく安らかなRay Kunimotoによる音と光の作品が飾られている。そうかと思えば、隣の土間には田中堅大がAIにつくらせた、世界各地において実在しない風景と環境音の作品が、桃源郷のようでもありながら、地獄のような不気味さを漂わせている。

優美さと不気味さ、静かな調和と混沌を回遊する本展だが、その最後に待ち受けている作品が一番大きな衝撃をもたらす。

多層都市「幕張市」《New Rousseau Machine》©︎生態系へのジャックイン展 / Photo by Yusuke Tsuchida

多層都市「幕張市」による《New Rousseau Machine》という民主主義の仕組みに疑問を投げかける作品だ。民主主義には、直接投票や代議員制など民意を反映するさまざまな方式がある。どの方式を取るかによって、同じ民意を持つ市民の決断が、まったく異なる街づくりを導き出す様子を作品において糸の連鎖で表現した。コンセプトを練り、システムを設計したのはMIT(マサチューセッツ工科大学)のMediaLabで集団的合意形成など都市の研究をする酒井康史をはじめとする多層都市「幕張市」の市民でありアーキテクトたちだ。我々の社会を成す根本すらも、ルールの設定1つで大きく変わるフィクションと紙一重であることを知ったところで、来訪者は庭園の外、人工的な建造物が並ぶ幕張の闇に放り出される。

展覧会のタイトルにある「ジャックイン」は伝説的SF小説、「ニューロマンサー」に出てくる言葉で「精神を没入させる」こと。米国人のウィリアム・ギブソンが書いた小説は千葉の空を見上げるシーンで始まる。人々の創作が、自らの環境をつくりだしていることを捉えた展覧会だが、俯瞰して見ると面白い。そもそもの展示されている土地、美浜区も海を埋め立ててできた人為の地盤。その上につくられた日本庭園は、自然を人為的に再構成したもの。その上にアートという「人為」を、「茶の湯」という概念的な道筋に並べているが、さらに上には「ニューロマンサー」の比喩も重なっている。このように「人為」が、幾重にも重なっており、まるで展覧会そのものが1つのコンセプチュアルアート作品のようなのだ。

地域芸術祭というと、その土地の歴史を掘り起こした形のものが多いが、新しくできた人工的な地域、幕張だからこそできた展覧会だ。

INFORMATION

生態系へのジャックイン展

会期:2021.7.24 - 8.8
会場:日本庭園「見浜園」
主催: 千の葉の芸術祭実行委員会
企画: METACITY
入場料:無料(事前予約)
参加作家:石川 将也、ALTERNATIVE MACHINE、後藤 映則、The TEA-ROOM、齋藤 帆奈、関野 らん、滝戸ドリタ、多層都市「幕張市」、田中 堅大、田中浩也研究室 + METACITY、Dead Channel JP、ノガミ カツキ、松田 将英、Ray Kunimoto

WRITER PROFILE

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林信行 Nobi Hayashi

コンサルタント/ジャーナリスト。1990年からデジタルテクノロジーの最前線を取材。パソコンやインターネットの普及、デジタルワークスタイル/ライフスタイルの変化を伝えてきた。テクノロジーだけでは「豊かさ」はもたらされないという反省に基づき、現在は「22世紀に残すべき価値」をテーマに、テクノロジー、デザイン、アート、ファッション、教育などの領域をまたいで取材や執筆、コンサルティング活動、イベントや新規事業の企画などを行っている。著書多数。金沢美術工芸大学客員教授。リボルバー社社外取締役、グッドデザイン賞審査員。

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