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EXHIBITION

「The Nature Rules:自然国家 Dreaming of Earth Project」展
原美術館 2019.4.13 – 7.28

Written by 藤原えりみ|2019.6.8

「The Nature Rules 自然国家:Dreaming of Earth Project」展示風景 撮影:武藤滋生

 

イデオロギーの対立が生み出した「自然の王国」。

非武装地帯の豊かな生態系と人間との共生を問う試み。

 

北朝鮮と韓国を隔てる北緯38度線。1953年、朝鮮戦争休戦後に制定された248キロのこの軍事境界線から南北双方向に2キロの「非武装地帯(DMZ)」が設定された。以後300万個にも及ぶ地雷が敷設されたこの地帯は、人の立ち入りを拒むエリアとなった。人間が介入しない自然環境は生物の楽園を育む。立入禁止区域が野生動物の楽園となったチェルノブイリの倍以上の時を経たDMZには、丹頂鶴など101種の絶滅危惧種を含め、希少種の真鶴、月の輪熊など5057種もの動植物が生息しているという。

ソウル生まれのアーティスト・崔在銀(チェ・ジェウン)は、2014年、人間と自然の共生の場、そして半島分断の歴史を超える象徴空間としてのDMZの未来を描くプロジェクトに着手した。建築家・坂茂の協力を得て、地雷を避けるために艱難江(ハンタンガン)の支流ヨッゴク川の上に20キロにわたる竹製の高架空中庭園(遊歩道)を架け、そこにアート作品としての東屋や塔の設置を提案。さらに南侵のために北朝鮮が密かに掘った鉄原(チョルウォン)の第二トンネルを再活用し、DMZに生息する植物のシードバンク(種子銀行)と生態学図書館設営の可能性も探る。

「The Nature Rules 自然国家:Dreaming of Earth Project」展示風景 撮影:武藤滋生

本展は、崔のヴィジョンに共鳴した10ユニットの建築家やアーティスト、小説家、科学者によるによる初の展覧会となる。自然と一体となって瞑想する空間「Tazia」(スタジオ・ムンバイ)、出入り自由な茶室「透明茶房」(李禹煥)、霧を集め結露した水を海に還す「水滴のパビリオン」(スタジオ・アザー・スペーシズ:オラファー・エリアソン&セバスチャン・べーマン)、渡り鳥の休息のための塔「鳥の修道院」(スン・ヒョサン)などに加え、シードバンクと知識保管庫の模型(チョウ・ミンスク)やその設計図および運営マニュアル(チョン・ジェスン)、平野啓一郎らによる朗読の音声作品もある。

「The Nature Rules 自然国家:Dreaming of Earth Project」展示風景 撮影:武藤滋生

崔自身の作品は7点。美術館入り口右手にあるガラスケース内の、古紙に鉛筆で書かれた「No Borders Exist in Nature」という文字と、かつてDMZで人の進入を防ぐために使われていた鉄条網の一部によるインスタレーション。そのDMZで使用されていた有刺鉄線5トンを溶かして、上を歩行可能な鉄板12枚へと変容させた「hatred melts like snow」と、DMZの絶滅危惧種の名称を記したセラミック板101枚による「To Call by Name」など。崔はこう語る。「人の侵入を妨害する有刺鉄線を人が歩ける飛び石のように並べました。そして私たちは絶滅危惧種の名前をひとつひとつ覚えていかなくてはなりません」。セラミック板101枚の上には天井から水の入った瓶が吊されている。瓶の中には植物の種が一粒。この種は水だけで発芽することだろう。生命力に満ちた自然の寡黙なシンボルとなる小さな種。そしてさらに、101種の名前を記憶するためのパフォーマンス映像と丹頂鶴の番いの静止画像のスライドショー……。人類は生命の循環を犯すべきではなく、ひたすら見守るべきであるというメッセージがひしひしと伝わってくる。

「The Nature Rules 自然国家:Dreaming of Earth Project」展示風景 撮影:武藤滋生

 自然素材の使用が前提とされているため、いずれの作品もやがて大地に還り、消え去っていく。たとえ実現したとしても、作品は存続期間に体験した人々の記憶のみに刻まれ、語り継がれていくことが想定されているこのプロジェクトは、南北の宥和政策により囁かれ始めたDMZの再開発計画への抵抗の表明であると同時に、自然に対する人間存在の優位と科学や芸術の永続性を詠う西欧的論理と近代という時代を問う、壮大にして果敢な挑戦でもあるのだ。

INFORMATION

「The Nature Rules 自然国家:Dreaming of Earth Project」

2019年4月13日〜7月28日
主催:原美術館
助成:Korea Foundation
後援:駐日韓国大使館 韓国文化院 
発案・構成:崔在銀

WRITER PROFILE

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藤原えりみ Erimi Fujihara

美術ジャーナリスト。東京芸術大学大学院美術研究科修了(専攻/美学)。女子美術大学・東京藝術大学・國學院大学非常勤講師。著書『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)。共著に『西洋美術館』『週刊美術館』(小学館)、『ヌードの美術史』(美術出版社)、『現代アートがわかる本』(洋泉社)など。訳書に、C・グルー『都市空間の芸術』(鹿島出版会)、M・ケンプ『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(大月書店)、C・フリーランド『でも、これがアートなの?』(ブリュッケ)など。

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