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EXHIBITION

Touch that Sound!
御茶ノ水 Rittor Base 2019.3.15-24

Written by 原雅明|2019.6.1

御茶ノ水にオープンしたRittor Baseで開催されたサウンド・インスタレーション展『Touch that Sound!』では、Sonic Surf VRという空間音響技術を使って、中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)、Cornelius、evala、Hello, Wendy! + zAk、清水靖晃の5組のアーティストの作品が上演された。ソニーが開発したSonic Surf VRは、従来の立体音響、マルチチャンネル再生とはまったく異なったもので、平面に横一直線に長く並んだスピーカーによる波面合成で音像が作られる。リア・スピーカーにあたるものは存在しないのだが、後方から音が聞こえたり、立つ位置によって聞こえる音が異なるが、移動しても音像は変わらない。なかなか言葉だけでは伝えにくいが、空間の中に音のスイートスポットが複数点在するのだ。

それぞれの作品がこの特性を活かした興味深いものだったが、僕が足を運んだ日は清水靖晃のトークがあり、実際にどのようなプロセスを経て作られたのかを知ることができた。「コントラプンクトゥス I -SSVR mix-」 と題された作品は J.S. バッハ「フーガの技法」からの演奏だが、清水のアイディアでソニー本社のエレベーターホールで録音された彼のサクソフォンをもとに構築された。写真で見ただけだが、天井の高い、広々としたエレベーターホールは、演奏する場の音響に拘ってきた清水の琴線に触れる空間だったようだ。ウナコルダピアノなどを加えて出来上がった作品は、ミックスの面白さはもとより、Sonic Surf VR自体をまるで一つの楽器として使いこなしているかのようだった。

昨年、マイルス・デイビスの『ビッチェズ・ブリュー-SA-CDマルチ・ハイブリッド・エディション』がリリースされた。かつてレコードでリリースされた4chクアドラフォニック盤のマスターを使って、4chでの再生も可能なSA-CDとして再発したものだ。僕はこのライナーノーツを担当したので、ソニーのスタジオで4chミックスのマスター音源を聴いたのだが、新鮮な聴取体験だった。それは、1970年代に各オーディオ・メーカーが熱心に開発をしたが、規格の乱立やソフトの少なさで一般に普及することはなく、廃れていった技術である。いまではホームシアターで5.1chが当たり前になり、サウンドの立体的な再生は身近なものとなっているが、『ビッチェズ・ブリュー』の4chミックスはそれらとは異なっていた。ステレオ・ミックスに落とし込む前の複層的なグルーヴや音響がより生の状態で空間に解き放たれているように感じられたからだ。

Sonic Surf VRとはまったくコンセプトが違い、4chミックスにはピンポイントのスイートスポットしかないのだが、『ビッチェズ・ブリュー』の4chミックスは慣れ親しんだステレオ・ミックスが解体され、頭の中でもう一回音楽を再構築しないといけない感覚を与えた。聴く位置によって変化するSonic Surf VRによる清水の作品もまた、空間と共に音楽が作られていくことに聴取者も関与するような体験を与えている点で共通している。そして、空間音響を巡るテクノロジーの現在は、アンビエント、環境音楽が切り拓いてきた聴取体験を確実に豊かにする可能性があることも感じたのだ。

INFORMATION

Touch that Sound!

参加アーティスト:
中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)
Cornelius
evala
Hello, Wendy! + zAk
清水靖晃

WRITER PROFILE

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原雅明 Masaaki Hara

音楽評論家。レーベルringsのプロデューサー、LAの非営利ネットラジオ局の日本ブランチdublab.jpのディレクター、DJも務め、都市や街と音楽との新たなマッチングにも関心を寄せる。近著『Jazz Thing ジャズという何か─ジャズが追い求めたサウンドをめぐって』

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