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EXHIBITION

「小沢剛展 オールリターン —百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」
弘前れんが倉庫美術館
2020.10.10 ― 2021.3.21

Written by 黒岩朋子|2021.3.12

小沢剛《帰って来たS.T.》2020年 展示風景 撮影:楠瀬友将 Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

「小沢剛展 オールリターン -百年たったら帰っておいで、百年たてばその意味わかる-」

-新作「帰って来たS.T.」について

 

「小沢剛展 オールリターン -百年たったら帰っておいで、百年たてばその意味わかる-」が青森県の弘前市で開催中だ。会場は、明治から大正にかけて建てられた元シードル工場だった弘前れんが倉庫美術館。昨年7月にグランドオープンした美術館は、本展が開館第二弾の展覧会となる。展示では、小沢が2013年から発表してきた「帰って来た」シリーズと呼ばれる4作品と新作の5点が一堂に会する。建築家の田根剛が「記憶の継承」をコンセプトに改修した空間で全シリーズが一覧できる初の試みとなった。

 

小沢剛《帰って来たS.T.》2020年 展示風景 撮影:楠瀬友将 Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

小沢剛《帰って来たJ.L.》(部分) 2016年 Courtesy of the Artist

 

各作品は、近現代でグローバルに活躍した歴史上の人物をモデルにした主人公が辿る人生と没後にふたたび現代によみがえる様子が描かれる。手書きの看板絵、音楽、映像からなる、このありえたかもしれない架空の物語は、同時に近現代の日本をユーモアに包んで批評してきた。これまでに野口英世、藤田嗣治、ジョン・レノン、岡倉覚三(天心)が小沢の作品をとおしてあの世から召喚された。いずれも傑出した能力がある偉人、有名人だが、作品ではもがき苦悩する人間味のある側面に焦点をあてる。かれらとゆかりのある異国の地で制作されるのも特徴で、これまでガーナのアクラ、インドネシアのバリ島、フィリピンのマニラ、インドのコルカタが舞台となった。本展では、これらの制作過程を集めた関連資料も見どころとなる。

 

小沢剛《帰って来たS.T.》より「円卓会議の部屋―帰って来た人たちのアーカイブと百年―」 2020年 弘前れんが倉庫美術館蔵 Courtesy of the Artist

 

新作「帰って来たS.T.」では、青森出身の寺山修司が弘前にS.T.として「帰って来た」。寺山は詩作、実験演劇、映画の文芸から歌謡曲などの大衆文化に至る活動のほか、競馬やボクシングの勝負事に関する評論でも知られる。その一方で父親を戦争で亡くし、母に見捨てられ、戦後の東北で育った複雑な生いたちを生涯抱えて生きた。自分を受け止めてくれる場所を虚構の世界に求めた寺山と、ありえたかもしれない架空の物語をとおして、近代美術や近代史と向き合う小沢。「ここではないどこか」に思いをはせる二人はどこか重なる。本展副題の「百年たったら~」は寺山の晩年の映画のなかのセリフだ。この予言めいた言葉は、当時の建築素材を生かした展示空間で過去と向き合い、今を考え、未来への糧とする「帰って来た」シリーズと時を超えて共鳴しあう。

 

小沢剛《帰って来たS.T.》2020年 展示風景 撮影:楠瀬友将 Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

小沢剛《帰って来たS.T.》2020年 原画 Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

吹き抜けの展示室では、弘前の人形ねぷた組師による組ねぷたが新作「S.T.」の周りを舞台装置のように囲う。そこから浮かびあがるのは青森の大地だ。寺山の演劇実験室・天井棧敷の旗揚げテーマは「見世物小屋の復権」だったが、小沢もまた、日本で美術館ができるまえは、見世物小屋が最新アートの発信地だったことに着目、伝統工芸と近代美術の関係を模索してきた。本作もその延長線上にあるといえるだろう。

本作はイランの演劇祭に寺山が二度招聘されたことが決め手となり、弘前とイランで制作された。天井棧敷の上演は当時のイランの演劇界に影響を与えたという。8枚の下絵と歌詞には、寺山が好んで用いた、「揺れる汽車のなかで生まれた」を冒頭に、寺山が残した言葉とイメージがちりばめられている。小沢が寺山の足跡を実際に巡る旅とそこでの出会い、その時々の関心事などが加わり、架空の人物S.T.の物語は生まれる。この小沢のプロットは、ほかのシリーズ同様、絵画は看板絵師に描かれ、歌詞は英語と現地の言語(今回はペルシア語)に翻訳され、地元のミュージシャン、オターグ・バンドが曲をつけ、弘前とイランで撮影されたほかの映像、音楽と合体されてミュージックビデオとなった。展示と合わせて、プロジェクト毎に発行される印刷物は、展示キュレーターや現地の研究者の論考、小沢の制作日誌、共同制作者の情報を載せ、物語をより深く読み解く手引書となる。

 

小沢剛《帰って来たS.T.》(部分) 2020年 弘前れんが倉庫美術館蔵 Courtesy of the Artist

 

これまでの作品との違いがあるとすれば、表現の不自由をすり抜けるしたたかさであろう。本人にそのことを尋ねると、イランでの制作以前から頭にあったようで、中国の展示で経験した検閲とそれをすり抜ける中国の作家たちの状況を第2回広州トリエンナーレ(2005)でリアルに理解したことがきっかけだという[i]。 本作では、イランの文化表現の制約の下でも公の場で表現の不自由さを乗り越えて活動しているバンドとの協働を求め、歌詞にも「人の歴史に鉄格子をすり抜ける表現がある」とうたう。絵画においては、肌を露出して描いた大山デブ子の下絵をそのまま絵画にすると、絵師に投獄の危険が及ぶとなり、油絵では手を加えることも受け入れた。他者の手によって描きかけの絵画が変貌していく小沢の初期の代表作「相談芸術」[ii]のように、「帰って来た」シリーズは二国間の文化の往来がしだいに個の力を超えた表現に変貌する。

 

小沢剛《帰って来たS.T.》2020年 展示風景 撮影:楠瀬友将 Courtesy of Hirosaki Museum of Contemporary Art

 

作品制作は最後まで、スリリングな展開だったようだ。2019年の末にイラン国内の反政府デモや米国によるソレイマニ司令官殺害で政治情勢が悪化し、翌年のコロナ禍で現地制作が絶望的に。土壇場でロケ地での撮影から室内やリモートに切り替わった。また、脆弱なイランの輸送インフラを考慮して手荷物サイズで描かれた絵画も引取りに行けなくなった。代わりにコーディネーターの清水恵美が代理人を遠方の絵師のスタジオに派遣して作品集荷し、それをテヘランの在留邦人が緊急帰国のときに手荷物で持ち返ったのだという。弘前の会場で原画は拡大カラープリントされて看板絵になった。

今まで以上に誤解、誤訳、ハプニング満載だったと想像するが、共同制作で新たな表現も生まれている。制作の終盤では、現地で収録した音源と映像に日本のコーラスや映像を加えるのが常だが、本作は、日常的に詩をたしなむイラン側からの提案で、小沢が朗読した日本語の歌詞が加わり、津軽三味線奏者の小山内薫の演奏と津軽弁で朗読したそれをオターグ・バンドの演奏と歌に重ねた。イランの民族楽器の力強い音色と切れのある津軽三味線が深く響くなかで歌詞が身体を介して声となる。それは不寛容が蔓延する今日に「困難な時代に雄弁に語れ」と我々を鼓舞してくれる声でもあるのだ。

 

[i] http://archive.realtokyo.co.jp/docs/ja/column/40nen/bn/40nen_019/

[ii]相談芸術:小沢が90年代に始めた制作手法。「自作の展開を他者に相談、アドバイスを完全に引き受けながら制作を続けるもの。」(小沢剛世界の歩き方より)相談芸術大学、相談カフェとさまざまな形に発展した。

INFORMATION

小沢剛展 「オールリターン —百年たったら帰っておいで 百年たてばその意味わかる」

会期:2020年10月10日〜 2021年3月21日
会場:弘前れんが倉庫美術館
主催:弘前れんが倉庫美術館
特別協賛:スターツコーポレーション株式会社
協賛:株式会社NTTファシリティーズ
後援:東奥日報社、陸奥新報社、青森放送、青森テレビ、青森朝日放送、エフエム青森、FMアップルウェーブ、弘前市教育委員会

WRITER PROFILE

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黒岩朋子 Tomoko Kuroiwa

キュレーター 。コーディネーター。森美術館学芸部勤務を経て、2009~2018年までインド、ニューデリー在住。滞在中は現地から現代美術情報を美術雑誌に紹介するほか、日本の国際展や展覧会の現地コーディネイトおよび調査に携わる。主な活動に、国際交流基金「Omnilogue:Journey to the West」展(2012)、現地コーディネーター(デリー)、第5回福岡アジア美術トリエンナーレ2014協力キュレーター(インド)、小沢剛「The Return of K.T.O.」(2017)の現地制作コーディネイター(コルカタ)など。現在は拠点を東京に移し活動。最近では、東京都現代美術館「石岡瑛子ー血が、汗が、涙がデザインできるか」展のコーディネイターを務める。

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